第51話 彼の気持ち
駅についてからまたスマホを見るとメールが来ていた。
「ありがとう。空いてるよ。今から向かうね」
奈那からの返信を確認すると、私は電車に乗った。
良いことではないだろうという覚悟はしていた。でもいざその場が近づくと怖くなる。
奈那の話したいことってきっとイチくんのことだよね……?
あれから結局イチくんからは何の連絡もない。
また奈那の口から何かを聞くことになるのだろうか……。
奈那との待ち合わせの駅が近づいていく度に不安な気持ちが押し寄せてくる。
私は深呼吸してイチくんとのことを思い出した。
イチくんを好きになった日の夜、腕を引き寄せられたときの表情……。助手席から見えたいつもの笑顔、自転車の後ろから眺めた大きな背中。
全部私だけに見せてくれた宝物。
だからきっと大丈夫だと、根拠なんてないけれど私は自分に言い聞かせた。
***
「呼び出してごめんね」
いつもの居酒屋に入ると、奈那は申し訳なさそうに言った。
思えばこうして2人で飲むのも久しぶりだ。
ここで奈那にイチくんたちとドライブに行こうと誘われて、それから全てが始まった。
「何かあったの……?」
ここまで来たらもう聞くしかない。
「イチくんね、最低なの……」
奈那は震える声で言った。
イチくんが最低?どういうこと?
「こないだ借りてた漫画を返した帰りにね、イチくんに……キス……されたの……」
その奈那の言葉に時が止まったような気がした。
胸の奥を思い切り誰かに握り潰されたようにぎゅーっと痛む。
「だから美愛、あんな最低な男、止めた方がいいよ」
だけど、私はイチくんを最低だなんて思えなかった。
だって、イチくんの傍でずっと見てきたから。
私が大好きな人のその視線の先にはいつだって奈那がいた。初めて会ったその日からイチくんは奈那を見ていた……。イチくんがどれくらい前から奈那を好きだったのかはわからないけれど……。
だからキスをしたからと言って最低だなんて思えない。
寧ろ……最低なのは誰だろうか……。
イチくんを好きになって、4人の関係を崩してしまった私?
それとも、イチくんの気持ちを散々利用していた奈那?
イチくんだけを責めることなんてできないのではないだろうか。
それに……。
傷ついている筈なのに、こんなに胸の奥が痛むのに、そんな心の端っこで、イチくんに伝えた私の真っ直ぐな想いがイチくんを別の方向へと突き進ませてしまったのではないかとさえ考えていた。
「美愛、ごめんね」
奈那は俯いたまま呟いた。
だけど、例えイチくんの気持ちを利用していたとしても、純粋な奈那には、きっと友達だと思っていたイチくんから突然キスをされたことがショックだったのだろう。
「ううん。大丈夫だよ。イチくんが奈那のことを好きなことは前から気づいていたし……」
私は最初からイチくんの気持ちを知っていた。
その上で私はイチくんに恋をした。
「それに……今は……蒼斗くんが支えてくれているから」
奈那に気を遣わせないように言ったつもりだったが、ここまで言い切ったところで私はしまったと思った。
その私の言葉を聞いた瞬間、今まで俯いていた奈那は笑みを浮かべて顔を上げた。
「うんうん。蒼斗くんいいと思う! 優しいし、私、応援するね」
そして奈那ははいつかと全く同じような言葉を言った。
「いや、そういうんじゃないの! 蒼斗くんはね、そういうんじゃなくて……」
私は慌てて弁解したが、奈那は聞く耳を持たなかった。
「いいじゃん、いいじゃん! 2人お似合いだしさ」
さっきまでの俯いていたのがまるで嘘だったように奈那は目を輝かせた。
「だから、蒼斗くんとはそういうんじゃないってば」
今の奈那には何を言っても無駄なようだった。
だけど、蒼斗くんに支えられているということは紛れもない事実だった。
きっと、蒼斗くんの存在がなかったら、私は今この場所から立ち上がることさえ出来なかっただろう……。
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