第49話 八つ当たり
そしてまた1週間が始まった。
私は深くため息をつく。
いや、これは深呼吸……。
自分に言い訳をすると、その重苦しい空間へと足を踏み入れた。
「おはようございまーす」
そしていつもより少し早く
「相良さんと朝礼入りまーす」
今日のご指名は相良さんだ。
自分じゃなくて良かったと思う反面、相良さんに何か私のことを言われるのではないかとハラハラする。
相良さんは私の教育担当。私が何か問題を起こせば相良さんが怒られることになる……。
自分の名前が呼ばれても、相良さんが呼ばれても生きた心地がしないのだ。
時間が長く感じる。
私はメールチェックや共有フォルダをチェックするが、何も頭に入らなかった。
しばらくして、相良さんが戻ってくると、何も言わずに自分のデスクへと向かった。
私は少しホッとすると、今日の業務に取りかかった。
だけど、常に誰かに監視をされているような息苦しさは消えることはなかった。
***
「一瀬、ちょっといい?」
今日は仕事量が多く、定時はとっくに過ぎていた。
30分程前に黒石部長は上がり、取引先や打ち合わせから直帰の人が多かった為、社内にいるのは数人の社員と相良さんと私だけだった。
「あんたさ、最近仕事に集中してる?」
相良さんの声に数人の社員が一瞬こちらに注目したが、また聞こえなかったフリをして自分の仕事に戻っていた。
「黒石部長が、最近あんたがたるんでるっていうからさ」
相良さんは戸惑う私に追い討ちをかけるように続けた。
やっぱり今朝の朝礼で私の話題が上がったのだろう。
私は……確かにイチくんのことを考えてしまう瞬間があったり、この営業部の独特の空気感に押し潰されそうだったり…集中できていたかと言われるとできていないときもあったかもしれないけれど……。
「私なりに一生懸命取り組んでるつもりではいました」
この一言が更に相良さんに火をつける。
「は? 取り組んでるつもりってどういうこと? そんな中途半端な気持ちでやられても困るのよ」
先週の食中毒減給事件から、相良さんの当たりが更に強くなったように感じていた。
「あんたがちゃんとやってくれないと、彩香さんにも私にも迷惑がかかるのよ。彩香さんだって、あんたの尻拭いさせられてんのよ! いい加減にわかりなさいよ。子どもじゃないんだから!」
彩香さんが私の……?
私は慣れない部署で、私なりに迷惑をかけないように仕事をしているつもりだった。でもそれはつもりに過ぎない……。
私は彩香さんにも相良さんにもこんなに迷惑をかけている……?
「あんたを見てるとイライラするの。私の前から消えてほしいくらい!」
相良さんのその一言に私は中学生の頃を思い出す。
『目の前から消えて』
大人になってから言われたその一言は自分の想像以上にダメージが大きかった。
私だってこんなところに来たくて来たわけじゃない。
できることなら私だってこんなところから今すぐ消えてしまいたい。
どうして私は相良さんにここまで言われないといけないの?
仕事ができないから?
迷惑かけるから?
役立たずだから?
悲しくて、悔しくて、虚しくて、押し寄せる涙を必死で堪えた。
私の強がりの鎧はひび割れていたけれど、まだかろうじて私を守っていた。
「申し訳ありませんでした」
私は震える声で言うと頭を下げた。
これが精一杯だった。
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