第48話 time will tell

「じゃあ私、そろそろ帰ろうかな」


手元のカクテルを飲み終えると、奈那が呟いた。


「じゃあそろそろ出ようか」


そして蒼斗くんが続けると、私たちは会計をして居酒屋を後にした。


「美愛ちゃんはこの後どうする? よかったらカラオケでも行かない?」


駅に向かう途中で蒼斗くんが言った。


「うん! ストレスたまってたし、カラオケいいね」


私は賛同した。


「なんか最近2人、仲良いね」


また奈那が意味深な様子で呟く……。


「いや、せっかくだからね? ねぇ蒼斗くん!」


私は咄嗟に半ば無茶振りのように蒼斗くんに擦り付けた。


「うんうん! せっかく美愛ちゃん、こっちまで来てくれたし!」


蒼斗くんもそんな私に同調するように言った。


「ふーん。じゃ楽しんでね」


奈那はまた意味深な余韻を残し、去って行った。


「気を付けてね」


そんな奈那を見送ると、私たちは駅から近いカラオケへと向かった。


「カラオケ久しぶりだなぁー」


薄暗い個室に入ると私は装飾で光る壁を眺めた。


「何歌おうかなー」


ソファーに座ると蒼斗くんが曲を選び始めた。

そしてしばらくすると、蒼斗くんが好きだといアーティストの曲を入れた。

歌いだす蒼斗くんの歌唱力に圧倒される。


「すごい! 蒼斗くん歌うまいね」


蒼斗くんが歌い終わると私は拍手した。


「そうかなー。嬉しいな」


蒼斗くんは照れた様子で言った。

歌が上手い蒼斗くんの後に歌うのは何だか気が引ける……。

そう思いながらも入れておいた曲が流れ始めると私は歌い始めた。

お互いに何曲か歌っているうちにだんだん慣れてきて、私はふと昔聴いていた曲を歌った。


「この曲って女の人の曲だったんだ」


私が歌い終わった後で蒼斗くんが言った。


「俺の好きなアーティストがカバーしてて、その人の曲だと思ってたんだ」


そう言うと、蒼斗くんはいつか朝焼けを眺めたときのようにスマホでそのカバー曲を聴かせてくれた。

男の人が歌うとまるで違う曲のように聞こえた。


「私ね、小学生の頃、この曲の歌詞に救われてたんだよね」


「小学生で歌詞がわかるってすごいね」


もちろん歌詞の意味なんてわかる年齢ではなかったけれど、泣き虫だった子どもの頃、泣くなと言われ続けてきた私は『泣きたいだけ泣いていい』というこの曲の歌詞が刺さったのだ。


「ううん。私、子どもの頃からすごく泣き虫だったから。『泣いてもいい』っていうこの歌詞に救われてただけなんだけどね」


今改めて聴いてみると失恋した人への曲だということが分かる。

子どもの頃に私を支えてくれたこの曲は10数年後の今もまた違った形で私を支えてくれている。


「時間が立てばわかる……っていう意味だよね」


蒼斗くんが呟く。


「時間が立てばわかるのかな……」


私は苦笑いした。

そして自分に置き換えていた。

イチくんの曖昧な気持ちが私に向いてくれる日がこのまま例え来なかったとしても時間が経てば忘れることができるのでしょうか……。


「泣きたいときは泣いたっていいと思う。大人だって子どもだってそんなの関係ないよ」


蒼斗くんのその言葉に、私は心の中から何かが込み上げてくるのを感じた。

薄々気がついていた。気づかないフリをしていた。

蒼斗くんの前では、私の強がりの鎧なんて簡単に

外れてしまうのだ。

私は脆い。

だけど、私は蒼斗くんにどれだけ救われているのだろう。


「ありがとう」


私は俯いたまま呟いた。

溢れだしそうな涙を堪えながら……。


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