第53話 闇と光

相変わらず生きた心地のしない日々が過ぎていく……。

それに、どんなに集中しなくちゃいけないとわかっていても、見たわけでもないイチくんと奈那のキスシーンが永遠に脳内で自動再生されてしまう。


「一瀬さんと朝礼入りまーす」


そんな時に限って、指名されてしまった。


「はい!」


呼ばれてしまったら後戻りはできない。

相良さんの鋭い視線を感じながら、私は黒石部長と会議室に入った。


「おはようございます。本日の朝礼を始めます」


「おはようございます。よろしくお願い致します」


そしていつものように黒石部長が早口で始めた。


「では今日の予算は?」


「13件でございます」


1問1問答えていく度に容赦なくどんどん早くなる黒石部長の質問。

そして最後の質問になり、私は言葉を詰まらせた。

それは共有フォルダにも、どこにも記載されていないものだった。


「申し訳ありません。まだそこまでは把握できておりませんでした」


それはただならぬ空気だった。

そして黒石部長はため息をついた。


「『まだ』って言い訳するの? いつもそうやって私に歯向かってくるけど、その態度は何なの?」


今まで黒石部長に歯向かったことは一度もない。今だって歯向かったつもりなんてない。歯向かえる相手じゃないこともわかっている。


顔色を伺えば『そのなよなよした態度がイライラする』と言われ、気丈に振る舞えば『歯向かってくる』と言われる。

どちらにしても、黒石部長の機嫌を損ねるのだ。


「申し訳ありません」


私は定型文のように謝罪をして頭を下げる。

それがまた黒石部長の機嫌を損ねるのだろう。

だけど、ここではみんなロボットだ。

黒石部長に支配されている……。


***


だけど週末は少しだけ私を楽にしてくれる。

週末は蒼斗くんと過ごすようになっていた。

私は全てを話した。

仕事のことも、イチくんのことも。


「そっか……」


蒼斗くんは私の話を真剣に聞いてくれていた。

その存在がどれ程大きいものか、今改めて実感する。


「蒼斗くん、ごめんね。いつもこんな話ばっかりで」


いつもこんな話に付き合わせている。

だけど蒼斗くんはいつだって親身になって聞いてくれる。

そんな蒼斗くんについ甘えてしまう。


「俺に出来ることは話を聞くことくらいかもしれないけど……」


そんなことない。話を聞いてくれるだけでもこんなにも救われているのに……。


「だけど、俺に出来ることがあるなら何でも言ってほしい」


その蒼斗くんの言葉にまるで時間が止まったような感覚になる。

その言葉は魔法のように、壊れかけていた私の心を包み込んだ。


「ありがとう」


生きた心地さえしないこんな闇の中で、今の私にとって蒼斗くんだけが光だった。







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