第15話 戸惑い

地元の駅に着くと、私は奈那に返信した。


「そうだったんだ。良かったね。あんまり飲み過ぎないように気を付けてね」


言葉を選んだけれど、これが精一杯だった。

でもその返信は意外なものだった。


「うん。ねぇ、明日イチくんと3人でご飯行かない?」


その返信に私は戸惑った。


これは協力してくれるってことなの……?


私は奈那の気持ちがわからなくなっていた。


今の私は奈那がいなければイチくんに会うことはできない。

突然私がイチくんに2人きりで会おうと誘ったらきっとイチくんは引いてしまう。

だから私は奈那の協力なしではイチくんと会うことができない。


「うん。ごはん行きたい」


「それじゃあ明日19時にいつものところでね」


私は奈那の返信を読んだ後、家に向かって歩き出した。


この光に私はすがることしかできない。

そう、奈那を頼ることでしか進まない。

それを奈那は知っている。


あなたはどんな気持ちですか……?


***


次の日、私はまた電車に乗ってあの場所に向かう。

正直なところ本当は行くか行かないかすごく迷った。

盛り上げ役の蒼斗くんがいないところで、私はイチくんと奈那の仲の良さを見せつけられるのだろうか。


いつもと同じ、電車から見える景色……。

私はいつもこの景色を見ながら、もうすぐ彼に会えると心を弾ませる。


今日だってそう。

会える喜びと同じ分かそれ以上に傷つくかもしれないことをわかっているのに、それでも会いたいと、この選択をした。


電車の窓に写る自分の姿……。

髪を巻いてハーフアップにした。

年上のあの人に、少しでも近づけるように。

少しでも大人っぽく見えるように。


***


そしていつもの場所に着くと、いつものようにイチくんの車が停まっていた。


「美愛ちゃん、久しぶりだね。元気だった?」


会えなかった間は1ヶ月経つか経たないかだろうか……。

それでも元気だった?なんて少し大袈裟だなと思いながら


「久しぶり。元気だよ。イチくんも元気そうで…」


私はニコッと笑った。


「今日は何て言うか……」


私の髪を見たのか、イチくんは真剣な表情で何か言いかけた。


「……え?」


心の声がでてしまう。


「あ、いや何でもない」


そういうといつものように後部座席のドアをあけてくれた。


気づいてくれたの?

いつもと髪型が違うこと。


もっとあなたの好みに近づきたい。

あなたの好みがわからないけれど。

私はあの子にはなれないから、せめて……。


私はいつもの席に座った。

お気に入りの場所。


だけど、彼の助手席とくとうせきには奈那がいる。


「美愛、おつかれさま」


奈那は助手席とくとうせきから振り返ってこう言った。


「おつかれさま。久しぶりだね」


本当は見たくなかった光景なのかもしれない。

だけど、さっきのイチくんが言いかけた何かをポジティブに解釈して、それでこの件はチャラ。


我ながら都合の良い脳ミソだ。


「じゃあ行こうか」


いつものようにイチくんが車を走らせる。

そしてまたこのお気に入りの席から窓の外の景色と運転席を交互に眺めながら、私の想いも加速する。


***


私たちはファミレスに入ると窓際の席に通された。

奥に奈那と私、そして私たちの向かい側にイチくん。

他愛もない話をしている間は本当に楽しくて時間が経つのも忘れている。

私は何杯目かのドリンクバーのアイスティーを飲んでいた。


「あ、職場から電話かかってきちゃった! ごめん、出るね」


奈那が慌てて外に出る。

その慌て方からすると職場からの電話はどうやら本当のようだ。


2人になれる機会なんて滅多にない。


ずっと望んでいたはずなのに、いざその場面がくると、緊張してしまう。

それに、海の日の帰りに言い放った醜い自分の言葉を思い出して、何であんなこと言っちゃったんだろうと今更後悔するのだった。


「美愛ちゃん、仕事はどう?」


アイスコーヒーを飲みながら口を開いたのはイチくんだった。


「うん……残業続きで忙しくしてるけど、だいぶ慣れてきたかな。イチくんは?」


私は当たり障りのない返事をしてイチくんの目を見た。

いつもと変わらない優しい目をしている。


「そっか。俺は変わらず……かな」


責任者という立場を任されているイチくんはきっと仕事ができるのだろう。

余裕があって、そういう雰囲気が大人で、私はまた届かないと思ってしまう。


「でも、思い出すなぁ。美愛ちゃん見てると。がむしゃらに働いてた頃の自分を……」


私はイチくんの目にどう映ってるのだろう。

がむしゃらに仕事してる、仕事人間?


「私、がむしゃらに仕事してるように見える?」


私はちょっと笑いながら呟いた。

イチくんはハッとして


「いや、なんていうか、すごく頑張ってるなって思って……上から目線とかそういうんじゃなくて、なんか美愛ちゃん、頑張りすぎてて心配になるときがあるから……」



え……?

またドキッとしてしまう。

ずるい。

そんなこと言うの、ずるいよ……。


「美愛ちゃん、あんまり弱音とか吐かないから。無理しちゃダメだよ」


その優しい言葉がやけに突き刺さる。


「ねぇイチくん……」


私は俯いて、またイチくんの目を見る。


「ん?」


イチくんが心配そうに覗き込んだ。


私はいつだったか、始発電車を待つ誰もいない駅のホームで呟いた言葉を言いかけた。


(気のない人には優しくしちゃいけないんですよ……)


「ごめんねー! ちょっとトラブルあったみたいで」


その瞬間、電話を終えた奈那が戻ってきた。

その絶妙なタイミングに私は少しほっとした。


「トラブル? 大丈夫?」


私が心配して言うと


「解決したから大丈夫!」


と奈那が笑った。


「美愛ちゃん、さっき何か言いかけたよね?」


イチくんがまた話を戻そうとしたので、


「あー。えっと、なんだったっけな。忘れちゃった」


私はとぼけて笑った。




嫌いになれたら楽なのに。

あなたは誰にでも優しくするから……。

ほら、私はまたその優しさに期待する。

奈那に対する優しさと、私に対する優しさが違うものだってわかってるのに……。

その優しさに…あなたの言葉と仕草に一喜一憂しながら、今日も私はまたひとつあなたに恋をする……。

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