第23話 ライブチケット
「いや、だからさぁ……」
また別の日、私は梨乃と会っていた。
梨乃はすっかり呆れている。
わかっている。早いところ奈那とは縁を切り、イチくんに想いを伝えなさいとでも言うのだろう。
でも今すぐにそれができたらどんなに楽か。
いつまでもウジウジしていられないけれど、それでも、やっぱり断られることをわかっていながらイチくんに2人で会おうと誘う勇気もない。
「わかんないじゃん。言ってみなきゃ。誘ってみたら意外とそのままトントン拍子で進んでいくかもよ?」
そんなものだろうか。
私から見たイチくんは鋼のガードで守られていて、奈那のような許された人間にしか突破できないようにできている気がしてならない。
「いい加減、相手だって美愛に心開いてるでしょ。その、奈那って子があの手この手で邪魔してくるならその手の届かないところに入っていくしかないでしょ」
それができるなら苦労はしない。
「それに……」
梨乃はため息をついた。
「え……?」
梨乃のそのため息に私は首をかしげた。
「アイツにもいい感じの子がいるらしいよ。」
アイツ……元彼のことだ。
梨乃は私の元彼と同じサークルに入っていたこともあり、未だに交流があるのだ。
「まぁSNS覗き見しただけだから詳しいことはわからないんだけどさ」
SNSひとつで、縁を切った相手の近況まで知れてしまうとは、本当にややこしい時代だ。
「それなのにどの面下げて言ってるのか、男ってわからないよ」
梨乃はまた意味深な言葉を呟きながら徐に自分の鞄の中を漁り始めた。
そしてその末に紙切れを2枚取り出し、私に差し出した。
その手元をよく見ると、見覚えのあるバンド名が書かれたライブチケットだった。
「美愛のこと、誘ってくれないかって。アイツ未練たらたらじゃん」
「たった今、いい感じの人がいるって言わなかったっけ?」
私は混乱する。
そのいい感じの人と自分がうまくいってることを私に見せつけたいのか、お前にフラれたけど、俺今お前より幸せだぜアピールでもされるのか。
もうこういう幸せを見せつけられる系はお断りだ。
「だからどの面下げて言ってきたのかなって。でも、私がSNS見てるの、アイツ知らないからさ」
思えばこのライブチケットを、決して学生には安くない値段で私は毎回買っていた。
彼女という立場なのに、毎回自腹で、少ないバイト代で。
それなのにカメラマン志望の女友達をゲストとして会場に無料で入れていたことに私はモヤモヤしてたんだっけ。
それなのに別れた後で無料で入れるなんて、皮肉なものだ。
「だからさ、せっかくならそのイチくん誘って行ってみればいいじゃん!」
「えー!?」
梨乃からのあり得ない提案に思わず声が出た。
「そんなの無理無理! 元彼がバンドマンだって知ってるし、元彼のライブなんて誘えないよー」
元彼のライブなんて誘ったら、イチくんはどんな反応をするだろうか。
ドン引きされてしまうだろう。
いくらイチくんに女として見られていなかったとしても、こんなことしたらますます女としてなんて見てもらえなくなる……。
「そうかなー。誘うだけ誘ってみたら? そんなの口実でさ、さっさとライブ抜けてご飯でも行けばいいじゃん」
梨乃は他人事だと思って簡単なように言う。
「今連絡してみなよ!」
また無茶なことを……。
「だって一人になったら絶対やらないでしょ? 断られたら断られたらでいいじゃん、私が慰めてあげるよ!」
私は言われるがまま、スマホを取り出すと、イチくんにメールを送信した。
「今度の日曜空いてるかな? 知り合いからライブのチケットもらって…」
こんなんで、うまく行くなんて思えないけど、今みたいに何もしないよりはましかな……。
私は半分やけになっていた。
結局イチくんから返信が来たのは梨乃と別れてからだった。
「日曜は仕事があって行けないんだ。誘ってくれたのにごめんね。」
そうだよね。
だけど私は内心ホッとした。
「私こそ、突然誘っちゃってごめんね。お仕事頑張ってね。また今度会えるの楽しみにしてる。」
最後の文はちょっと攻めただろうか。
いやイチくんには何も響かないだろう。
ホッとしたはずなのに少し寂しさを抱きつつ、私は電車に乗った。
そして、さっき梨乃から受け取ったチケットを眺める。
「私が行ければいいんだけど、日曜は予定があって……」
梨乃が帰り際申し訳なさそうに言ったのを思い出した。
たかが元彼のライブだ。行く必要なんてない。
ましてや元彼にはいい感じの人がいるのだ。私に行く理由なんてない。
だけど……
私に来てほしいなんて。
よほど集客が見込めないのだろうか。
だけど、私の1人や2人が行ったところで……。
悩みに悩んだ末に私はメールを打っていた……。
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