第14話 確信犯な彼女

蒼斗くんの就活専念宣言からすっかり私たちは会う頻度が少なくなった。

というか、ほとんど会わなくなっていた。

それは覚悟していたこと……。

せめてもの救いなのは、相変わらず仕事が忙しいことだ。

だけど、仕事以外のことを考える時間なんてないはずなのに、ほんの隙をついて、あの海の日の帰り道のイチくんの曖昧な発言が頭を巡る。


もういっそのこと好きになることをやめることができたら……。

そう思う次の瞬間にすぐあの優しい笑顔が浮かんで、やっぱり嫌いになることなんてできないんだと思い知らされる。

私だけに見せてくれる笑顔が何よりの宝物で、あの日腕を引き寄せられた力強い感触とあのときの真剣な表情を思い出す……。

たったそれだけのことが、もう少し頑張ってみようと私の背中を押してしまう。

そんな切なさと愛おしさの真ん中で私は今日も躍らされている。


***


「お疲れさまでした」


「お疲れさま。今日も遅くまでありがとう。気を付けて帰ってね」


上司と駅で別れると私は駅のホームで電車を待った。

どうやら終電には間に合いそうだ。


残業続きで疲れはてて、家に帰ればすぐに眠ってしまう。

だけどその疲労のおかげで今は余計なことを考えていられる。


電車を待つ間、ふと何気なくスマホの画面に目をやると新着メールが来ていた。

奈那からだ。


私は何の疑いもなくメールを開いた。


「飲み過ぎて終電逃しちゃった。でもイチくんが迎えに来てくれたよ。やっぱりイチくんって優しいね。美愛イチくんのこと好きになって正解だと思う」




……え?


私は目を疑った。


時が止まったようだった。

私の心の中の何かがガシャンと大きな音をたてて壊れて割れた。


あの日、応援するって言ってくれたよね?


応援してくれてるんだよね?


今2人は一緒にいる。


いつも蒼斗くんが座っているあの助手席に。

私の憧れの場所に奈那が……。

そして隣で笑ってる。

きっとあの無邪気な笑顔で。

そして

「酔っちゃった」

と悪びれる様子もなく可愛く甘えて……。



ねぇイチくん……あなたは幸せですか?


大好きな人と2人きりでいられて頼られて。


そして今日もそんなあの子を可愛いと思うの?


いろんな想像が頭を巡る。


耐えられない。


せめて言わないでほしかった。そんなの知りたくなかった。


その瞬間、あの海で蒼斗くんが言い放った言葉を思い出した。


「奈那ちゃんってイチくんのこと、足車としか見てないよね?」


そういうことだったの?

でも、本当に足車だけ……?



その言葉をきっかけに私はたくさんのことを思い出した。


バイトの帰り道、どしゃぶりの雨に降られて、自転車通勤をしていた奈那を心配した私に

「迎えに来てもらえるから大丈夫。いつも困ったとき迎えに来てくれる友達がいるの」

と話していたこと。


イチくんだったんだ。


奈那と2人で飲んだ日、迎えが来るまでベンチで待っていたあの日だって、迎えに来てくれるのは彼氏だと思い込んでたけど……

イチくんだったの……?


仮にもし、蒼斗くんの言うように、奈那にとってイチくんがただの足車なら……

わざわざ私にこんなメールしてこないよね。

私がイチくんのこと、好きなのを知っているのに。


ねぇ苦しいよ……。


私は乱れる呼吸を整えて電車に乗ると、人目につかないように窓側に立って、声を殺して泣いた。

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