第24話 いつかのライブハウス
そして日曜日。
「ごめんね、突然誘って……」
「全然! 俺こういうライブとかって行ってみたかったんだ」
そう言ってくれたのは蒼斗くんだ。
私は悩んだ末に蒼斗くんを誘っていた。
「親友がね、イチくんのこと誘えって言ってたんだけど、正直断られて安心したの。好きな人を元彼のライブに誘うなんてどうかしてるよね」
私は笑いながら言った。
「いや、でも親友さんの言うこともわかる気がするよ。きっかけって大事じゃないかな。それに女の子から誘われて嬉しくない男なんていないと思うし……」
ライブハウスに向かう途中で歩きながら蒼斗くんは言った。
「そうなのかな……」
私は首をかしげた。
「そうだよ。現に俺だって、美愛ちゃんに誘ってもらえて嬉しかったし」
その言葉に一瞬時が止まったような気がした。
「あ、いや、距離縮まる気がして、友達としてさ!」
蒼斗くんが慌ててつけ足した。
「イチくんだって美愛ちゃんに誘われて嬉しかったと思うよ」
「そうかな……」
私はまたそう呟いた。
「きっとそうだよ」
蒼斗くんはそう言うと笑った。
見覚えのある坂が見えてくる。
あの坂の途中を入ると、小さなライブハウスがある。
私はここに何度も1人で通った。
いろんな感情を抱えながら……。
中に入ると薄暗い室内に無愛想な受付の女の人が1人。
私はその女の人にチケットを2枚渡すと奥へと進んだ。
冷たく重い扉を開けるとむせてしまいそうな煙草の臭いと心臓にまで響くような重低音に息苦しくなる。
何度来ていても結局この雰囲気に慣れることはない。
私は躊躇うことなく後ろのカウンターに向かった。
「蒼斗くん何飲む?」
「うーん、とりあえずビールで」
職場の歓迎会のようなノリで蒼斗くんはビールを頼むと私はカクテルを注文した。
その注文を聞くと、これまた感じの悪そうな金髪のバーテンダーがビールとカクテルを差し出した。
私はカクテルを受け取ると壁にもたれかかった。
「前、行かなくていいの?」
蒼斗くんが不思議そうに聞く。
「うん。ファンとかじゃないし」
私の冷めた言い方に蒼斗くんは驚いたような顔を見せたが、すぐにそうかと言うと私の隣でビールを飲んだ。
聞きなれたイントロが流れ、彼が歌い出す。
最前列には少し奇抜な出で立ちの小柄な女の子が3人でノリノリで聞いていた。
そういえば付き合っていた頃、バイト先に奇抜で変わった女が入ってきたと言っていたが、梨乃が言ってたいい感じの子とはその彼女のことなのだろう。
私はそんな彼女を横目に聞きなれた音楽をただ無心で聞いていた。
今こんな私の姿が他の誰かにどう映っているかわからないけれど、イチくんと来なくて本当に良かったと思うのだった。
「次が最後の曲です」
聞きなれた低い声がこう言うと、また聞きなれた音楽が流れ始める。
この曲……。
彼が付き合っていたとき、私のことを書いたという曲だった。
だけど、私はこの曲を好きにはなれなかった。
私たちの出逢いは良くなかった。だけど、これから共に過ごそうという意味の歌。
「出逢ったことが傷」
なんて書かれたら、そんな歌詞を好きになれる彼女がいるはずない。
私は改めて好きではないこの歌詞に耳を傾けた。
イチくんと私も『出逢ったことが傷』になるだろうか。
いっそのこと出逢わなければ良かったの?
だけど今だけはせめて……。
この曲のように、傷を抱えて出逢いながらも最後には結ばれて愛を育んでいくだなんて
***
曲が終わった後も私はまだカクテルを飲んでいた。
最前列で聞いていた奇抜な女の子たちはキャーキャー騒いでいたが、これも重低音でかき消された。
「帰ろうか」
私は蒼斗くんに言うと出口の方を向いた。
「あ、美愛さん!」
その瞬間、誰かに呼び止められ立ち止まった。
振り返ると、元彼の後輩が立っていた。
「勇樹くん……? (だったっけ?)」
「あの、先輩もうすぐ来ると思うんで、もう少し待っててくれませんか?」
勇樹くんにそう言われると、私は蒼斗くんを見た。 蒼斗くんは何も言わず笑顔で頷いた。
間もなくして、元彼がやって来た。
蒼斗くんは空気を読んで
「トイレ行ってくるね」
と言ってその場を離れた。
「来てくれたんだね。ありがとう」
いつもの笑顔だった。
「最後にあの曲のチョイスか、って思ったけど」
私は笑いながら言った。
「なんていうか、あんな最後だったからそのままは嫌だなって」
私が言う最後は選曲の話だったのに、彼が言った最後とは別れた日のこと。
「だから来てくれて嬉しかった。これで前に進める」
前に進む……とはあの奇抜な女の子のことだろうか。
「うん。私も前に進まないと」
私は笑って言った。
「ありがとう」
私たちは握手をして別れた。
それから程なくして、蒼斗くんが戻ってきたので私たちはライブハウスを後にした。
ずっと付き合って来た人が別の人との幸せを手にしようとしている。
きっとあの子とならうまくやっていくんだろう。
私はそんなことを考えながらもう歩くことはないであろうこの道を歩いた。
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