第37話 始まりの日

不穏な予感を感じつつ、とうとうその日を迎えた。

今日から営業部ここで働くのだ。


「おはようございます」


私は挨拶をして自分のデスクに向かう。

相変わらず、私の存在を気に止める人はいない。

カタカタとパソコンのキーボードを打つ音だけが響く。


「はよーございまーす」


その時、気だるそうな挨拶と共に1人の男性社員が入ってくると、私の斜め前の席にどさっと荷物を置いた。


「あぁ、異動してきたっていう?」


そして私のことを横目で見た。


「は、はい! 一瀬美愛と申します。よろしくお願い致します」


私は慌てて挨拶をした。


「はいはい。木下きのしたでーす」


その木下という社員はまた気だるそうに挨拶すると席に座った。

嫌な感じ……。


「あ、美愛もう来てたんだね」


その時、聞き覚えのある声がして振り返る。

そして声の主が彩香さんだということを確認して安心する。


「おはようございます。今日からよろしくお願いします」


私は立ち上がると頭を下げた。

彩香さんの隣にはもう1人女の人が立っていた。


「紹介するね。今日から美愛の教育担当になる、相良祐子さがらゆうこちゃん。私は外回りでいないことが多いから、わからないことは祐子ちゃんに聞いてね」


「よろしくお願いしまーす」


彩香さんに紹介されると相良さんはペコッと頭を下げた。


「一瀬美愛と申します。ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、よろしくお願い致します」


私は深々と頭を下げた。


「迷惑はかけないでくださーい」


相良さんは冗談なのか本気なのかわからないトーンでこう言った。彩香さんが笑っているので冗談だと思うが、さっきの木下さんと言い、何だか独特な人が多い部署だ。


「おはようございまーす」


その時、黒石部長が入ってきた。


「おはようございます!」


一斉にみんなが立ち上がる。もちろん、あの木下さんもだ。

やっぱりここは何だか独特な空気感が流れている……。


「川崎さんと朝礼入りまーす」


黒石部長が彩香さんを指名すると、彩香さんは返事をして、また慌てた様子で筆記用具とメモを取り黒岩部長と会議室へと消えた。


「今日は彩香さんがご指名か……」


相良さんが意味深な口調で呟く。


「あ、あのご指名ってどういうことですか?」


私は小声で相良さんに尋ねた。


「黒石部長は毎朝誰かと2人きりで朝礼をするの。新規案件の獲得予算、過去の実績、前年比、個人の進捗、細かいところまで聞かれるから頭に入れておいてね」


そう言うと、相良さんは大量の資料を持ってきた。


「ざっとここにある数字は把握しておいた方がいいわ。今日は初日だから印刷しておいたけど、これからはパソコンの共有フォルダに入れて置くから、毎朝必ずチェックしてね」


相良さんに渡された資料に目をやると、一瞬で頭が痛くなる……。


「これ全部ですか?」


私は泣きそうな声で呟いた。


「そう。まぁぶっちゃけると、私にも朝の数分でこれだけの把握は難しいけど、黒石部長あのひとにはそんなの通用しないから。まぁがんばって」


相良さんはそうきっぱりと言うと自分のデスクに戻って行った。


私は相良さんに渡された資料を持ったまま立ち尽くしていた。

やっぱり私はとんでもない部署ところに来てしまったんだ……。

私は途方に暮れていた。

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