第10話 葛藤
あの日だって私たちは何も変わらなかった。
仕事の愚痴、くだらない話、トランプに罰ゲーム。
いつものように夜は更ける……。
無邪気に笑う奈那を見つめて微笑むイチくん。
場を盛り上げる蒼斗くん。
そして私は……。
気づけばそんなイチくんを目で追ってしまう。
まだこんな私の気持ちに誰も気づいていないだろう。
仕事でだって、全く出逢いがないわけではないのに……。
私はどうしてこの人を好きになってしまったのだろう。
そんなこと今更考えたって仕方がないことはわかってる。
最初から奈那のことを好きだったイチくんのふとしたときに私だけに見せてくれる優しい笑顔に吸い込まれて、恋焦がれて……。
だけど奈那を見つめる横顔を見ればすぐに私に見せてくれる笑顔なんて幻想だったみたいに思えてしまう。
だけど、ほんの1mmかもしれない、たった0.1%の確率かもしれないけれど、イチくんがいつか奈那ではなく私を好きになってくれるかもしれない可能性を夢見てしまう私はバカだろうか。
そして朝が来る……。
みんなでいる時間は本当に楽しい。
仕事で嫌なことがあったって、このメンバーといればそれを忘れてしまうことができるのだ。
それくらい大きな力があって、このメンバーに支えられている。
だからこそ私はこの気持ちを隠し通さなければいけない。
わかってる。
頭ではわかってるのに……。
気持ちがどうしてもついていかない。
優しい優しいイチくんが、私の腕を引き寄せたときの力強さ……。
温かくて力強いその手の感覚を思い出してまた胸の奥が熱くなる。
「お邪魔しましたー!」
私たちは鞄を持って部屋の外に出る。
「気をつけてね」
ドアを開けたままイチくんがまた微笑む。
いつか私がこの部屋に1人で来る日はあるのだろうか。
さっきは全く見えずにつまずいた、あの段差を私はひょいと飛び越えた。
***
「なるほどねぇ……」
別の日の夜、私は高校時代からの親友の
梨乃は高校を卒業してからも同じ大学に進学し、私が心を開いている数少ない人物だ。
私は梨乃に全てを話していた。
「でもさ、そのイチくん…… ? 奈那ちゃんに彼氏がいるの知ってるんでしょ? だったら美愛、グイグイいっちゃえばいいじゃん!」
梨乃はいとも簡単にそう言った。
「男の人ってさ、意外と女の子からのアプローチ嬉しいものだと思うよ」
そんなものなのだろうか。
ずっと奈那を追いかけてきたイチくんが、私の気持ちを知ったら迷惑だと思うのではないだろうか。
「それに彼氏いる女の子をずっと追いかけてるのもしんどいんじゃないかなー。だからその隙をついてさ!」
梨乃は他人事のように続けた。
そんなにうまくいくものだろうか……。
「まずはその奈那ちゃんに言ってみるとかね。協力してくれるんじゃない?」
奈那はイチくんの気持ちに気づいているだろうか。
いや、気づいているだろう。
初めて会った日の河原で、手を差し出したイチくんと、その手に触れることなく車を降りた奈那……。
気づかないはずがない。
本当はあの日だって、イチくんは奈那と二人で出かけるつもりで奈那を誘ったのではないだろうか…
だけど、奈那は彼氏がいるからきっと私たちを誘った。
イチくんはどんな気持ちだったんだろう……。
考えればきりがない。
だけど、梨乃の言うとおり奈那に話さなければ前には進めないこともわかっている。
私たちを出逢わせてくれたのは奈那なのだから。
「話してみようかな……」
私がこう言うと梨乃はそれがいい! と頷いた。
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