第12話 夏の日の想い

「海が見たい……」


奈那がグループメールでこう呟いた次の週末にはイチくんは車を走らせていた。

この人は奈那のためならどこにだって行くだろう。

でも、奈那のその一言のおかげで私はまたみんなと一緒にいられるのだ……。

うん、イチくんと一緒に……。


いつもの席、イチくんの斜め後ろの座席からイチくんの運転する横顔がちらりと見える。

私はこの席が好き。

でも、欲を言えば……いつか助手席に座って、そのキレイな横顔をずっと見ていたい。


蒼斗くんは相変わらずのハイテンションで歌を歌っている。

そういえば蒼斗くんは黒髪になっていた。

本格的に就活をスタートさせたらしい。


いつも無邪気にはしゃぐ奈那だが、ときどき窓の外を見つめて黙り込む。普段の無邪気な笑顔とどこかに陰があるようなその表情のギャップに私はまたドキッとした。

きっとイチくんはこういう奈那のひとつひとつの仕草や表情に吸い込まれていくのだろう。


イチくんはそんな奈那を見て、隙があれば彼氏から奪ってしまいたいと思うのだろうか。

それとも、こうして傍にいれるだけでも幸せだと思うのだろうか。


私にはまだわからない。


それ以外にも、私にはまだイチくんの知らない部分が多すぎる。

こんなにたくさん会っているのに。

そう思いながら私はまた凹むのだ。


***


私たちは海の見えるカフェのテラス席でランチをした後、浜辺に下りていった。

サンダルを脱ぎ捨てて、水際に足だけ浸かるとひんやりと冷たい。

私たちはお互いに水をかけ合ったりして、高校生みたいにキャッキャとはしゃいだ。


「冷てっ」


奈那がイチくんを集中攻撃。

それに冷たいと迷惑そうにしながらもまんざらでもない様子のイチくんだった。


私はまたその光景を見ないフリして、思い切り蒼斗くんに水をかけた。

でも、蒼斗くんはそんな私の胸の内に気づく様子もなく


「やったなー!」


と容赦なく水をかけてくるのだった。

そんな蒼斗くんに救われながら、冷たい!と私は笑った。


***


「俺、何か飲み物買ってくるわ。何がいい?」


そんな蒼斗くんに「コーラで!」と答えて動く様子のない奈那。


そうだよね……。


奈那は私に

「応援する」

とは言ってくれたけど、

「協力する」

なんて一言も言っていない。


「私、メニュー見て決めたい!」


私はそう言うと蒼斗くんの後ろをついて行った。

飲みものなんてなんでも良かった。


ただ……。


イチくんとは一緒にいたい。1秒でも長く……。

でも傷つきたくない。

それが本音だ。

我ながらどうしようもないと思う。


少し先の海の家まで、蒼斗くんと私は歩いた。

イチくんと奈那を2人きりにするのはそれはそれで嫌だけど、今は少しでもそんな現実から目を背けていたい。


「俺もコーラにしよっかなー」


蒼斗くんはメニューを見ながら言った。


「私もそうしよっかな……」


メニューを見て決めたい、なんてあの場から逃げ出す口実に過ぎなかったので、私は財布から小銭を払うと、コーラを手に取った。


***


そして奈那と自分の分の飲み物を持ちながらイチくんと奈那がいる浜辺へと向かった。


「イチくんと奈那って仲良いよね」


私は何も知らないフリをして、蒼斗くんに明るく言った。


「あー。仲良さそうだね」


蒼斗くんは他人事のように言った。


「ぶっちゃけ俺さ、奈那ちゃんがバイト辞める頃にほぼ入れ替わりで入ったから、ほとんど奈那ちゃんと接点なくて」


知らなかった。初めて会った時、蒼斗くんと奈那もそこそこ親しそうだったから。


「そうだったんだ」


私が呟くと、


「でも奈那ちゃんってイチくんのこと足車としか見てないよね」


蒼斗くんは冷静にこう言い放った。

このときはまだ蒼斗くんの言葉の意味が私には理解できていなかったけれど、蒼斗くんから見て奈那はイチくんの気持ちを知って弄んでいるように見えるのだろうか……。


そんなことを思いながらイチくんと奈那が座っているシートに向かって


「おまたせー」


と少し走ろうとしたところで、イチくんの声が聞こえて、足を止めてしまった。


「最近何かあった?」


海を見つめる奈那を気にかけて優しくこう言った。


「ううん。でも何か最近いろいろうまくいかなくて」


好きな人が自分だけに見せる弱い顔……。

こういう時イチくん目線になって奈那を見てしまう自分の悪いクセをそろそろやめたい。


「イチくんは何でもお見通しだね」


続けて奈那は作り笑いして言った。


「何年の付き合いだと思ってるんだよ。それに……」


イチくんが更に続けようとした。

グサリと何かが胸に突き刺さったような感覚になる。

聞きたくない。これ以上何も……。


「はーい! お待たせしました! コーラになりまーす!」


そのとき2人の間を割って入るように後ろから蒼斗くんが店員さん口調でコーラーを手渡した。


「ありがとー! 喉カラカラだったんだ。」


今まで何もなかったかのように奈那が笑った。


「遠かったでしょ? 2人とも、ありがとうね」


そして同じく何もなかったようにイチくんがコーラを受け取った。


蒼斗くんのタイミングにまた救われたが、私の胸の奥ではさっき胸の奥に突き刺さった何かがずっと抜けずにいた。

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