ありえない展開でも、フィクションなら何でもあり



「……うん?」


 僕は扉を開けたポーズのまま、首を傾げる。

 つい数分前までは、百人ぐらいいたはずの部屋の中。


 今は料理や飾り付けが荒れているだけで、誰の姿も無い。


 集団失踪?

 神隠し?


 様々な理由が頭をめぐって、しかしそのどれもに納得がいかなかった。


「すみませーん。誰かいませんかー?」


 だから一番ありえそうな、僕を笑いものにするために計画されたものだと考えた。

 こういう性格がひん曲がったことを、するタイプしかいなかった。


 きっと今も、こうやってオロオロしている僕を、どこかで笑いものにしているはずだ。

 その笑い声が聞こえてこないかと、耳を澄ませてみる。


 しかし何も聞こえてこない。



 計画が用意周到なのか、本当に失踪したのか。

 だんだんと不安になってきて、誰でもいいから、人が出てきて欲しくなった。


「誰かー? 本当にいないのー?」


 今までにないぐらい大きな声で呼びかけているのだけど、誰も返事をしてくれない。


 もう早めにネタバレをしてくれないと、みっともなく泣いてしまいそうだ。



 この部屋じゃ駄目だ。

 別のところを探そう。

 そう思って、一番初めに入った扉を開けた。



 遠くの方に人影が見える。

 それは、僕をここに誘った張本人で。


 四つん這いになりながら、一心不乱に頭を動かしていた。

 凄く気持ち悪い動きだと思ったけど、それでも人に出会えたというだけで嬉しい気持ちになった。


「あ! えっと……うーん」


 名前を呼ぼうとした。

 しかし、呼ぶべき名前が全く思い出せない。


 彼は、一体何て名前だっただろうか。

 ひねり出しても浮かびそうに無いので、諦めた。


「おーい!」


 手を振って、走って近づく。

 そうすれば、一心不乱に動いていた頭が、こちらを向いた。



 その口元は、血まみれだった。


「どどどどどうしたの? もしかして怪我していたの?」


 まさか怪我をしているとは思わず、更にスピードを上げる。

 そして救急車を呼ぼうと、スマホを取り出したのだが。



 何だか、こっちに向かってきている。

 顔は白目を剥いていて、明らかに正気じゃない。


 その姿を見て思い出したのは、映画で見たことのあるゾンビだった。



 よし、逃げよう。

 僕の本能が、そう言った。


 だから何とか方向を転換して、向かってくる彼から逃げた。

 後ろから、うめき声と走ってくる音が聞こえてくる。


 口元が赤かったのは、何を食べていたのだからだろうか。

 僕も、その何かにはなりたくない。


 必死に必死に、人生の中で一番速く走る。

 そうしながら頭の中で考えていたのは、他にもゾンビがいるのかということ。


 部屋の中に誰もいなかったのなら、その人達はどこへ消えた?

 パニックになりながら、食われて仲間になって食べて。

 そうして誰もいなくなったとしても、残っているのは一人だけではないはず。



 そこまで考えて、開け放った扉の先。



 ゾンビの群れが、わらわらと集っていた。

 僕が立てた音に反応して、こちらを一斉に見る。

 何十人、いや匹か。

 どう考えても、一人で対処できる数ではない。


 後ろから、どんどん聞こえてくる足音。

 前に大量のゾンビ、後ろに一匹のゾンビ。


 絶望的な状況だ。

 僕は死を覚悟し、神に祈った。



 死ぬのなら、痛くなければいいな。

 噛まれたとしても、何か一番痛くないところが良い。

 そもそも噛まれて痛くないところがあるのかどうかは、分からないけど。


 目を閉じ、すぐにゾンビの仲間になる自分を想像した。

 しかしいくら待っても、痛みは来ない。



 もうすでに天国にいるのか。

 天使が出迎えてくれることを期待して、ゆっくりと目を開けた。




 そこには、天使ではなく悪魔がいた。

 別に本物ではなく、比喩的な表現なのだが。

 まるで、悪魔みたいな人がいたのだ。



「だあいじょうぶかあ? 変態君よおお?」



 両肩に重そうな銃を担いだ、真っ黒な服のマッチョがいたら、誰だって最初はそう思うのではないか。


 しかし、こんな状況だから救われた気はした。

 めっちゃ、頼もしい。



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