最初の好感度は、大体低い




 すぐに後部座席の扉が開き、飛んでくる勢いで彼女は入ってきた。


「ありがとう!」


 そして、その勢いのまま扉を閉め、お礼を言ってくる。


「い、いえ。どういたしまして?」


 彼女がちゃんと扉を閉めたのを確認すると、鍵をかけ直す。

 こんな美女と話したことなんてないから、どもりながら何とか答えた。


「本当に助かったわ。今までずっと、ゾンビに追われていたから」


 汗を拭い、服の汚れを払っている様子は、何故か怪しげな美しさがある。



 こんな世界じゃなかったら、絶対に関わらなかった人種だ。

 何だか女性特有のいい匂いがしてきて、ドキドキと心臓が高鳴る。


「ああああの!」


 せっかくの機会だから、会話をしなくては損だと話しかけた。



 しかし返ってきたのは、鋭い睨み。


 美人の睨みは美人だけど、迫力がある。

 睨まれる理由が分からなくて、僕は引きつった笑みを浮かべた。


「え、えっとお……。ど、どうも」


 とりあえず友好をみせるために、握手をしようと手を差し出す。

 仲良くなっておかなければ、これからが大変だろうと思ったからだ。



「助けてくれたのは感謝しているけど、あなた少し迷ったよね。どうせ私が、ゾンビに噛まれたんじゃないかって思ったんでしょ。そう考えている間に、私が噛まれていたらどうするつもりだったの?」



 僕の考えとは裏腹に、友好的な関係は築けそうになかった。

 迷ったことは彼女にバレていて、それに関して怒っている。


 確かに彼女にとっては、生きるか死ぬかの状況だった。

 一瞬の迷いが、命取りになっていただろう。



 彼女が追われていたゾンビの姿は、今のところ見えない。

 だから僕が開けるのに時間がかかったとしても、特に問題は無かった。

 しかしそれは、結果論でしかない。



 彼女にとっては、僕が開けるのを迷った。

 その事実だけで、怒りを抱くのには充分みたいだ。


「ご、ごめんなさい」


 助けたのに、何故か謝ることになり、そして無視される。

 不満を感じないわけではなかったけど、それでも争いは何も生まないと我慢した。


 それに美人に怒られるのも中々悪くない、こんな気持ちの方が大きかったのもある。



 とりあえず、一緒の空間にいられるだけでも幸せだ。

 僕はバックミラーで、こっそり彼女の顔を見る。


 窓の外を向いている横顔も、とても綺麗だ。

 どこから見ても、綺麗な人なんて初めて見た。


「……雫石美香しずくいしみか


「え?」


「私の名前」


 あまりにも見過ぎてしまったせいか、彼女は僕の視線に気が付く。

 目が合い、そして名前を教えられた。


「あ、雫石さん。よろしく。えっと、僕の名前は田中太郎。よろしくね」


「田中太郎? 偽名じゃないわよね」


「残念ながら、本名。僕の名前は、好きに呼んで」


 雫石美香。

 彼女に似合う、とても綺麗な名前だ。


 そんな名前を教えてもらってから、僕の名前を教えるのは恥ずかしかった。

 しかし、無視するなんて出来ない。


 そして案の定、偽名だと思われた。

 毎回同じような反応を返されるので、僕も慣れたように笑う。


「そうなんだ。ごめん。良い名前だと思うよ。太郎君」


 彼女は、僕が冗談を言っていると思っていたらしい。

 僕の答えに、少し気まずそうな顔をした。


 それよりも、下の名前で呼んでくるとは。

 きっと、こうなる前はリア充だったのだろう。

 何となく、そういう雰囲気を感じる。


「気にしないで。慣れているから」


 いつもだったら話すことさえも、僕にはハードルが高かった。

 しかし今は、アドレナリンか何かでも出ているのか。

 どもらなくなってきた。


 これなら出会い方はまずかったけど、仲良くなれる可能性は秘めている。

 内心でガッツポーズをしながら、更に話しかけようとしたのだが。



「そういえば、この車は太郎君が運転してきたの?」



「……あ」



 剛埼さんのことを、すっかりと忘れていた。



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