こういう展開も、よくある



 嫌だと思っていても、時間は過ぎる。

 僕は大きな屋敷の前で、一人大きなため息を吐いた。


 ここを入れば、僕を待っているのは地獄だ。

 何時間かかるかは分からないけど、ずっとピエロを演じ続けなくてはならない。



 それが嫌だから、もう何分も門の前で立っていた。

 ここからでも聞こえる騒ぎ声。

 あいつらのことだから、未成年のくせに酒や煙草をやっていそうだ。


 映画だったらここで、警告音とともに「良い子は真似してはいけません」と大きな文字が出るだろう。

 良い子のみんなは、大人になってからも、良く考えて嗜好品とするかどうか決めて欲しい。


 どうでもいいかもしれないけど、僕は絶対にやらないと誓っている。

 もしもすることがあるのなら、それは世界が終わる時だ。

 だから、一生無いという意味である。



 こんなくだらないことを、考えている場合じゃない。

 言われた時間を過ぎたら、何をされるか分からない。

 機嫌を悪くする原因は、少なくした方がいい。


 僕は、また深い深いため息を吐いて、ゆっくりと門の扉を開けた。



 屋敷の中に入れば、まだ涼しい季節のはずなのに、熱気が当たった。

 香水やタバコや、その他色々なものが混ざった臭い。

 僕は気持ち悪くなりながら、そっと入った。


「……お邪魔しまーす」


 出迎えてくれる人がいるわけもなく、うるさい方へと歩いていく。

 どれだけ人数がいるのか、近づくにつれて耳が痛くなるぐらいだ。


 それだけ、僕の地獄の空間は増すということ。



 ゆっくりと、扉を開けた。

 喧騒と熱気、臭気が強くなり、僕は顔をしかめる。


「おおー! 田中君じゃーん! おっせえんだよ!」


 僕の姿は、すぐに気が付かれてしまったみたいだ。

 遠くからそんな声が聞こえてきて、見ればここに誘ってきた集団がいた。

 更に人数も増えているのを見ると、近づきたくない集団だった。


 それでも気が付かれてしまったのだから、真っすぐそこまで行かなくてはならない。



 僕は顔にいつもの作り笑顔を浮かべて、その集団の元に歩く。

 歩く道は僕のために開かれていき、注目は一気に集まる。


 くすくす


 ぎゃははは


 あはははは


 男女のものである笑い声が、僕に向かって投げかけられる。

 これだけで、察した。

 僕が来ることは話をされていて、そして何かをされるのだと。


 それでも逃げないのは、意味が無いと分かっているからだ。



「もっと早く、歩けよ。待ちすぎてくたびれたわ」


「ごめん」


「まあ、いい。主役がやっと到着したんだから、盛り上がっていこうぜ」


 辺りが騒がしくなった。

 それは僕にとって、いい意味ではない。

 僕に向けられる顔は、全部全部ニヤニヤとして気味が悪かった。


 そして、そんな表情を向けられる理由は、すぐに分かる。


「田中あ。これ、お前のために買ってきてやったんだから、ちょっと隣の部屋で着てこいよ」


 押し付けられるように、僕の胸に紙袋が渡された。

 中身を見てみる。

 そこには明らかに女性用の、セーラー服が入っていた。


「ほら、さっさと着て楽しませろよ」


 ニヤニヤした笑い。

 やっぱり待っていたのは、地獄の時間だった。

 僕は俯いて、少し拳を握った。


「何だ? 田中君。早くしろよ」


 苛立った声が聞こえる。

 僕は拳をその顔に叩き込みたい気持ちを抑えて、作り笑いを浮かべて顔を上げた。


「うん、分かった」


 そして、楽な方に逃げたのだ。




 隣の部屋でセーラー服に着替えたが、全く似合っていなかった。

 それも無理はない。

 だって普通は、女性が着るのだから。


 似合っていたらいたで、複雑な気持ちになる。

 スカートの裾をつまみ、そしてすぐに離す。


「……行きたくないな」


 心からの言葉だったけど、独り言では何の効果も得られない。


 僕は、奴らが待っている部屋の扉の前に立ち、ことさらゆっくりと開けた。










 誰もいなかった。




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