青春している場合じゃない



 雫石さんとの好感度が上がった。

 僕は、尊敬の眼差しを向けられる権利を手に入れた。


 何とか落ち着いては来たけど、未だに内心はお祭り騒ぎ状態だ。



 ココアを淹れてもらえて、ホクホクと満足している僕は、ついでのついでにココアを淹れてもらった剛埼さんを見る。

 コーヒーの時よりも顔が緩んでいるから、もしかしたら甘党なのかもしれない。


 こういうのもギャップなのかもしれないが、全く胸はときめかなかった。



「それで、結局どうしましょうか」



「どうするってえ?」



「高田さんとやらを、どうやって見つけるかですよ! 忘れちゃったんですか?」



「ははっ。ちゃんと覚えているから、そんなに怒るなよ。変態君」



 良かった。

 ゴキブリ騒ぎで、記憶がリセットされたのかと心配するところだった。

 また最初から説明するのは骨が折れるから、忘れていなくて安心した。



「その人が、今どこにいるのか分からない状態で、どうしましょう。全く何も知らないんですよね?」



「昔のことだからなあ。それに興味がなかった」



 高田さんは、不憫な人なのかもしれない。

 組長だから怖い人のはずなのに、剛埼さんのせいでそれが半減してしまっている。


 同情の気持ちを持ちながら、僕は雫石さんの方に視線を移す。


 先ほどと同じく、両手でカップを持って飲んでいた彼女は、目が合うと笑いかけてきた。

 可愛さで人を殺せるのなら、僕は確実に死んでいるだろう。



「し、雫石さんはどう思う?」



「美香でいいよ」



「え?」



「名前。美香って呼んで。私も太郎君って呼ぶからさ」



 いや、実は既に死んでいるんじゃないか。

 それか物語は、恋愛ものに種類を変えたんじゃないか。


 そう錯覚してしまうぐらい、彼女の僕への対応が、百八十度変わった。



「あ、えと、う、うん。それじゃあ、えっと、美香さんって呼ぶよ」



「そう。そう呼んで、太郎君」



 今なら、ゾンビを百匹ぐらい倒せそうだ。

 それぐらい、気分が高揚している。



「そうねえ。なんの手がかりもなく、がむしゃらに突っ込むのは、相手を考えるとあまり良くない手段よね」



 僕が名前を呼んで満足したのか、彼女は話を元に戻した。



「何か、相手を挑発する方法があれば良いんだけど。そうすれば、こちらは準備をして襲ってくるのを待っていればいいでしょ」



「それはいい考えだね。でもどうやって挑発すれば……」



「それなら、いい案があるぜ」



 また行き詰まりそうになった時、ココアを飲み終わった剛埼さんが会話に入ってきた。

 甘いものを飲んで、脳みそが働いたみたいだ。


 その笑みは、とても凶悪なものにしか、僕には見えなかった。




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