敵の正体を教えてもらう




「あいつの名前は、えーっと何だったけかなあ。たぶん高田とか高山とか、そんな感じだった気がするんだけどなあ」



 剛埼さんが知っているのだと分かったら、彼に色々と聞くに限る。

 僕達は、彼にコーヒーを渡して、話をしてもらうことにした。



「いや、田中だったかもしれねえなあ」



「田中は僕です。もうその人の名前は良いですから、何があったのかだけ教えてください」



 その人の名前が田中だったら、何だかどうしようもなく微妙な気持ちになるから、出来れば違う名字だといい。

 剛埼さんが名前を思い出すのを待っていたら、日が暮れてしまいそうだ。

 いや、外はもう暗くなっているから、これは言葉の綾なのだけれど。



「ああ、そうだなあ。ぜーったいに思い出せない気がするからいいかあ。まあ高田だとして、そいつは……何だっけかなあ?」



 話が終わるまで、だいぶ時間がかかりそうだ。

 まあ、まだ余裕はあるだろう。


 だから急かさずに、ゆっくり話をしてもらうことにする。



「えーっとなあ。……ああ! そうだあ! なんか前に、ちょーっと遊んだ覚えがある!」



 記憶を探っているうちに、なにか思い当たることがあったようだ。

 手のひらに拳を当てるジェスチャーをして、顔を輝かせた。



 その遊んだ、というのは純粋な意味なのだろうか。

 剛埼さんが言うと、色々なものが含んでそうで笑えない。



「え、っと……遊んだって、どんな感じで?」



 雫石さんも、顔を引きつらせて尋ねている。



「どんな感じでってなあ……。何かピーチクパーチク勝負を挑んできたから、こうガっとやってポイッとしたと思うけど。あんまり覚えてねえわ」



 ガっとやってポイッとしたというジェスチャーは、まるでゴミを捨てたかのように見えた。

 その動きだけでは何をしたのか分からなかったけど、絶対にろくなことはしていない。



「プライドの高い人だったら、恨んでいても仕方ないわよね」



 雫石さんが遠い目をしている。

 思った以上にくだらない理由みたいだから、気が抜けてしまったみたいだ。


 かくいう僕も、そんなことで指名手配されるのかと、微妙な気持ちになっていた。



 まあ、恨みっていうのは、元を辿るとそんなくだらない感じから始まるのかもしれない。



「その高田さん? は何をしている人なんですか?」



 くだらない始まりだから、そこまで凄い人では無いのではないか。

 僕は期待して聞いたのだが、返ってきた答えは、そんな優しいものではなかった。



「あーんと、何か……組の幹部……? 今はもう、組長かあ……?」




 僕と雫石さんの、大きなため息が響いた。


 そこまで偉い人達が、くだらないことで何で争っているのか。

 呆れが、ため息の中には大きく含まれていた。






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