彼の過去と話



 雫石さんの話は終わった。

 彼女は口を閉ざしたきり、何も話さなくなる。



 僕は剛埼さんと顔を合わせて、そして視線で会話をした。



 次はどちらの番か。

 少しの時間押し付け合って、結局剛埼さんが折れてくれた。



「あー。俺の話はあ、そんな面白いものじゃねえぞ」



 頭をかきながら、視線をそらす。

 そして、今度は彼が話を始めた。



「俺には、一緒に住んでいる奴がいてなあ。こんな感じの俺を受け入れて、それでも笑って許してくれた」



 当時のことを思い出したのか、彼は目元を緩めた。

 珍しい表情に、目を閉じていた雫石さんも、いつの間にか彼のことをまじまじと見つめている。



「一緒にいられた時間は、そんなに長くなかったからなあ。それに別れは突然だった」



 拳が握られる音が聞こえた。

 聞こえたということは、どれぐらい強い力で握っているのだろうか。



「俺が一瞬、隙を見せた時になあ。ゾンビになあ。もう間に合わなかった。だから……な」



 剛埼さんは、そこで口を閉ざしてしまった。

 しかし続く言葉を、僕達はなんとなく察する。


 ゾンビになった人を助ける方法は、未だに分かっていない。

 そうなると、出来ることは一つしかない。



 その時の彼の気持ちを考えたら、痛ましすぎる。

 大事な人を、自分で手をかける。

 僕だったら、その場にいて何も出来ないと思う。



 剛埼さんが、ここまでゾンビを殺すことに執着する理由が分かった気がした。

 こんな世界にならなかったら、彼はもう少し普通の人だったのかもしれない。




 何が原因なのか全く分かっていないけど、それを作った人を、僕は憎いと思ってしまった。



「俺の話なんか、つまらねえだろう。次は変態君の話を聞きてえなあ」



 明らかに話題を変えた剛埼さんは、僕の方を見た。

 雫石さんからの、視線を感じる。



「え、えっと。僕ですか……?」


「そうだよ。俺達も話したんだから、聞かせてくれよなあ」



 ダラダラと、汗がこめかみから流れ出る。

 あまり、家族の話はしたくなかったんだけど。


 この状況で話さなかったら、僕の立ち位置は最悪なところまで落ちてしまうだろう。

 それだけは避けたい。




 だから僕は、嫌々ながらも話すことにした。






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