改めて自己紹介をしよう




 ゾンビがいなくなって、僕達はようやく落ち着くことが出来た。

 新たなゾンビが現れる気配がないから、少し時間に余裕がありそうだ。


「そおれでえ? どうして、車に女が乗っているんだあ?」


 剛埼さんの疑問も、当然のことである。



 僕は頬をかいて、少し照れた。


「えっと、先ほど助けを求めていたから乗せたんです。何だか、ゾンビに追われていたみたいで」


「雫石です。よろしくお願いします」


 何だか、上手く説明が出来ない。

 別に悪いことをしたわけではないのに、声が小さくなってしまった。


 彼女は、丁寧に頭を下げた。

 僕の時とは、対応が全く違う。

 しかし、今までのことを考えれば、仕方のない話か。


「雫石ちゃんかあ。よろしくなあ。俺は剛埼だ」


「あ、どうも。剛埼さん。先ほどは助けてもらい、ありがとうございます」


「気にすんなよお。それよりもなあ、あんたは本当にゾンビに追われていたのかあ?」


「……え?」


 二人は仲良く自己紹介をしていたかと思ったら、急に不穏な空気になった。

 僕は顔をそれぞれ見つつ、とりあえず何も言わないでおいた。


「俺はよお、外でゾンビをぶっ殺している時に、全てのゾンビがこっちに来るのを確認していたんだよなあ。だけど、その中に違う奴を狙うようなのは、いなかった気がするんだ」


「……」


「逃げてはきたんだろうけどなあ。ゾンビからではないんだろう? 正直に言った方が、後々良いんじゃねえかあ?」


 話はどんどん不穏になっていき、僕は完全に傍観者に徹する。

 僕が間に入ったとしても、良い結果はうまない。


 それなら空気のような存在になって、どうなるか見届けるべきだ。


「あんたは、何から逃げていたんだあ? もしも助けてほしいなら、行ってみろよ」


「……」


「……私は……」


「私は……確かに、ゾンビから逃げてはいないです。……ごめんなさい。嘘を、つきました……」


 彼女は、下を向いた。

 その目からは、涙が出ているように、僕には見えた。


「実は、私、DV彼氏から逃げていたんです。この世界になる前から、暴力が酷かったんですけど。この世界になっても、彼は変わってくれませんでした。だから暴力する彼から、逃げていたらこの車を見つけたんです」


 彼女の悲痛な叫びに、僕は同情の気持ちを抱いた。

 こんなにも美人でも、男運が悪いと大変なんだな。


 ポロポロと泣いている彼女に対して、僕はそっとハンカチを渡そうとした。


「ああ? 涙が、ちゃんと出てねえぞ。嘘をつくなら、もっとマシな嘘をつけよお」


 しかしその前に、剛埼さんが冷静なツッコミ入れる。


「あは。やっぱりバレちゃった?」


 そして、しおらしい雰囲気はどこへやら。

 彼女は顔を上げると舌を出して、おちゃめな表情を浮かべた。


「当たり前だろお。今ので騙されるのは、よほどのお人好しかあ、童貞ぐらいだ」



 剛埼さんが、豪快に笑った。

 彼女も笑った。




 僕だけが笑えなかった。


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