夢の中でも、平和じゃない




 ここは、夢の中だ。

 いつもは起きてから夢だと自覚するんだけど、今日は違う。



「どうしたあ? そんな間抜け面して」



 目の前に、天使の格好をした剛埼さんがいる。

 視界の暴力としか思えない光景に、夢じゃない方が心にダメージを負う。



「……え、えっと、あなたは、えっと、ご、剛埼さんですよね?」



 僕はなるべく視界に入れないようにしながら、とりあえず確認する。



「ああ? 剛埼い? ちげえよ、俺はあ、天使様だ」



「……あ、そうですか。すみません……」



 ああ、これは絶対に夢だ。

 天使様って何だろう。


 昨日会ったばかりなのに、剛埼さんのキャラが強すぎて、こんな化け物を想像で生み出してしまったのか。

 いくら想像とはいえ、なんてものを……。



 マッチョでいい体つきのおじさんの、膝上十センチのスカートみたいな白い服。

 まるで鳥の翼のような、白い羽。

 頭の上には、電灯のような光る輪っかが浮いてる。



 女子か子供だったら、とても似合うはずだ。

 雫石さんとか、いいかもしれない。


 そういう微笑ましい人にすれば良かったのに、ポンコツな僕の頭は剛埼さんを選んでしまった。

 だからこの残念な気持ちも、自業自得である。



「えっと、て、天使様? は何をしに来たんですか?」



 早く、この悪夢から覚めないかな。

 少しも慣れる気配のない姿に、僕はこっそりと太ももを強くつねる。

 痛みは感じない。夢だからだろう。


 そのせいで、痛みで目を覚ますということが出来なかった。



 もう少し、この時間と付き合わなければならないというわけだ。

 僕は自然と涙を流しそうになったけど、頭を振って切り替えた。



「ああ? 何をしに来たかってえ? 決まっているだろお」



 頭を強くかきむしった自称天使様は、勢いよく僕に近づいてきた。

 そして優しく、頬に手を触れてくる。



「え? え?」



 慈愛に満ちていて、まるで本当に天使みたいだ。

 背中から鳥肌が立ち、拒否反応で蕁麻疹も出てきそうになる。


 これから、一体何をされるのだろう。

 頬に添えられたままの手に、僕は振り払うことも出来ず、ただ天使様を見つめた。



「昨日から、ずっと思っていたんだよなあ」



 その表情を変えないままで、彼は頬を撫で続けてくる。

 マッチョの天使コスプレに、頬を撫で続けられる頼りない男。


 そんな最悪の絵面を、ぶち破ったのは最初に始めた方だった。



「てめえは、ぐちぐちぐちぐちぐちぐち考えすぎなんだよお!」



 天使様はそう叫びながら、勢いよく僕の頬を殴ってくる。



「ぐふうっ⁉」



 抓った時には感じなかった痛みと共に、僕の体は耐え切れず吹っ飛んでいった。




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