ヒロインより先に仲間は出来る




「ここは、いいなあ。たあくさん、的がいるじゃねえかあ」


 マッチョはゾンビの群れを見ても怯えず、むしろ楽しそうに笑った。

 その肩にある銃は、本物なんだろう。

 そうでなきゃ、そこまで自信満々でいられないだろう。


 いつの間にか、力が抜けてへたり込んでしまった。

 そうすると余計に、大きく見えて威圧感が増す。


「なあ、変態君。君の友達はあ、あの中にいるのかなあ? いるんなら、先に殺しといてやるよお」


「……え? 友達? いや……」


 首をおかしくするのではないかというぐらい回転させて、マッチョはこっちを見た。

 マッチョなのに体が柔らかい。

 偏見を持っていたみたいで、考えを改め直そうと思う。



 いやいや、待て待て。

 こうしている場合ではない。

 ゾンビは空気を読んで襲わないでおいてくれているけど、それもいつまで持つか。


 空気を読んでいるのか、それともゾンビもマッチョが本能的に怖いのか。

 後者の可能性も捨てきれず、僕は少しだけマッチョに近づいた。


「友達いねえのかあ。寂しい奴だなあ。嘘でもいいから、あそこにいる半分で動いている人が友達です、とか言えばいいのによお」


 マッチョは呆れた顔をする。

 しかし、僕に対して害意を持ってはいないみたいだ。


「まあ、いいかあ。テキトーに撃てばあ、みんないなくなるよなあ。変態君は、そのままでいろよお。動いたら、撃つからなあ」


 一応、そう注意をして、両手に銃を構えた。


「あっはあ。少しは楽しませてくれよなあ!」


 そして大爆笑をしながら、引き金を引く。




 全てが、まるでスローモーションのようだった。

 乱れ打ちされる銃弾。

 次々とこちらに向かってきては、倒れていくゾンビの数々。

 血だけではなく、その他諸々も飛び散り、元々荒れていた部屋が更にボロボロになっていく。


「ほらほらほらほらほらよおおおおお!」


 銃弾の音だけでもうるさいのに、マッチョの興奮した声も聞こえてくる。

 僕はその足元で耳を塞ぎながら、目を閉じることは出来なかった。

 銃弾に倒れなかったゾンビが来た時に、逃げるためだ。


 しかし、その心配は無さそうである。

 見る見る間に、ゾンビの数は減っていき、辺りは血の海に染まった。

 全くピンチという状況ではなく、時間もかかることなく終わりを迎えた。



 硝煙の臭いと、血や諸々の臭い。

 全く嗅いだことのないものに、僕は気持ち悪さを感じて、耐え切れずに地面に吐いた。


「おやおやあ。変態君は弱っちいみたいだなあ。大丈夫か、そんなんでよお」


「す、すみませっ。……助けてもらい、ありがとうございます」


 足元で吐いてしまったのに、マッチョは気にしていないみたいだ。

 一瞥しただけで、すぐに視線がそらされた。


「助けたあ? そういうわけじゃねえよ。ただ俺は、ゾンビをぶっ潰したかっただけだ。たまたまそこに、変態君がいた。それ以上でも、それ以下でもねえよお」


「いえ、それでも。僕は助かりました。ありがとうございます」


「……変な奴だなあ。変態君はよお」


 マッチョは照れている。

 ぶっきらぼうな言い方だけど、耳が赤かった。


 見た目よりも、悪い人ではないみたいだ。

 僕はもう一度お礼を言うと、口を拭って立ち上がる。


「あ、あの。あなたは、誰なんですか?」


 今更だけど、尋ねないわけにはいかなかった。

 銃を持っているということは、そういう職業か悪い人か。

 ゾンビを殺すことに、快感を得ているみたいなところも、少し頭がおかしい。



 しかし、この世界では頼もしい存在だ。



「俺え? 俺はあ、別に話すことはねえよ。ただゾンビを、ぶっ殺したいだけだ」


 僕は考えた。

 この人のところに、ついていくべきか、と。


 一人になったとしても、生き残れる気は全くしない。

 それならば、無理やりにでもついていった方が、安全で安心だ。



 結論をすぐに出すと、僕は勢いよく膝をつく。


 そして、



「何でもしますから、一緒について行ってもいいですかああああああ?」


「……お、おう?」



 土下座をして頼み込んだ。

 マッチョの戸惑う声が聞こえて、それでも了承してくれた。



 恥も外聞も捨てて、強い者と一緒に行動をする権利を得た、全く気付いていなかった。





 未だに、セーラー服を着ているということを。

 確かにマッチョの言う通り、僕は変態だった。



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