第9話 ヨクノム(その1)

 へんな三人組が旅立った。アルルが先頭に立ち、クルルとレノーがそれにつづいた。

 レノーが前に出ようとすると残りの二人が怒るのである。じゃあもっと速く歩けよ、とレノーは何度もペタリンたちに言うのだが、アルルもクルルも赤い目を光らせてギャバギャバわめくだけだ。

 字を書いて伝えろ、とも苦言くげんするのだが、この二人、聞こえないふりをするので、レノーは仕方しかたなくペタリンの後ろについて歩いている。歩幅ほはばちがうので、そのうちどうしてもレノーが前に出て、同じことの繰り返しだ。

 夜が明ける前に森の中に入ったが、カヌウたちがつけた小道こみちはじめのうちだけで、やがてレノーが前に出ることもなくなった。ペタリンたちはどんどん下生したばえの草木くさきしげった、森の奥深おくふかくへと分けって行く。


 レノーは右も左もわからずにただペタリンたちの後を追いかけるだけとなった。みきが太くなっていく、とレノーは気がついた。歩くにつれて、まわりの樹木じゅもくの種類が変わり、明らかにとし大樹たいじゅばかりが目立めだつようになったのだ。

 クフィーニスの能力を使うな、とカヌウに言われていたが、(こんな大木たいぼくが倒れたらとんでもないことになるな)、と気を引きめた。


 (でも、あの時、俺はそうしようと意図いとしたわけじゃなかった、ただがじゃまだと思っただけだ。沼地での数十本の樹をたおした時や、クルルを助けた時は倒木とうぼくをそうしようとしてることが出来できたけれども、いったいどんな修練しゅうれんをすれば能力を自在じざいあやつることが出来できるのだろう? あるいは能力を使わないようにすることが、だ)


 沼地ぬまちでもそうだったけれども、この森の樹木も見たことのないものがたくさんあった。大樹たいじゅの多くは暗褐色あんかっしょくみきがつるりとしていて、鉄のぼうみたいだ。さらにみきの太いものは背も高く色もどうのようで、しげった葉もい緑色をしていた。


「アルル、クルル、このは何ていうんだい? 字を書いて教えてよ」


 レノーは何とかしてアルルたちが文字を書くところを見たいものだとねがっていた。アルルはちょっと振り返り、低い声で何か言っただけで、取り合ってくれなかった。すると高そうな生地きじで出来たドレスを着たクルル——しかしその服はよく見るとあちこち小さな穴がいていた——がおしゃれなカバンから紙とペンを出して何やら書きつけた。レノーはうばうようにしてその紙切かみきれを受け取ると、こう読み上げた。


『おとなしく私たちについてきた方がよろしくてよ。このを私たちは『ズンドウ』って呼ぶの。いや連中れんちゅうよ』

 レノーは思わず口笛くちぶえを吹いた。

「実際、君は淑女しゅくじょに見えるよ、クルル。しかしまさか『ズンドウ』と話が出来できるわけじゃないだろうね」

 クルルは紙切れをレノーから取り返すとうらを返してまた書き込んだ。

だまって。この連中の親玉おやだまに会ったらこしかすわよ』

親玉おやだまだって? 何を言っているかわからないよ」


 クルルもそれきりだまってしまった。アルルもクルルも初めのうちはいびきみたいな音を立てていたが、すっかり静かになって、黙々もくもくと足をはこぶだけになった。

 おどろいたことに途中とちゅうから、突然こぎれいな道がつき始めて、アルルとクルルのペタペタ歩く音が小気味こぎみよくした。


 (これもカヌウたち三人が作った道なのかな……?)


 それから目に見えて樹木じゅもく様子ようすが変わり始めた。どれもこれも巨樹きょじゅだ。背丈せたけはかなり低くなったが、みきが信じられない太さになり、しわだらけでしかし、淡い緑の葉叢はむらを頭にいただいていた。

 ひどく神秘的しんぴてき光景こうけいだ、でもきっとたいしたことじゃない、とレノーは自分に言い聞かせた。ただおそらくは、と彼は想像そうぞうした、クルルの言うことと考えあわせてみると、もっと古いが立っているんだろう。


「アルル、葉漏はもが見える、変な色だ」


 三人は立ち止まり、顔を見合わせた。クルルがすかさず走り書きを渡した。

『あれが親玉おやだまよ。うそをついちゃダメ』

「? どういうこと?」

 レノーはペタリンたちの顔を見比みくらべた。葉漏はもす向きが変わった。こんなに速く太陽が動くわけがない。その光はみがかった赤で、遠くのからへと消えたり現れたりしている。朝焼けともちがい、果物くだものの色ともことなっていた。


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