第70話 空想と創造

「アルル……」

 レノーは何のためにここまで来たのか、すこしその意味が分かるような気がした。


 (ペタリンの町は壊滅寸前かいめつすんぜんだ。フェミもクルルもつらそうだ)


 なかには助けても手遅れだった者もいたし、どこにいるのかもわからない者だっていた。


 (ドーム……)


 レノーは都で見かけた、何かの宗教施設のドームを思い返していた。


 (町全体を、何かのドームで包めばよいのではないだろうか? だがどうやって? 何で包めばいい?)


「フェミ、クルル。来てくれ」

 レノーは自分の考えを二人に話した。

「あぁ、あの都の。でも町全体を包む、ものがないと思う」

「あたしもそう思う」

「そうか、使える樹や石なんか、そんなにないものな。あると言えば……ああ、まさか、そんなことが……?」

「どうしたの、レノー?」

「水だ」

「水?」

「水ならいらないほどある。水で町全体をおおい、包んで風から守る。雨からも守れるだろう」

「そんな、まさか……」

「空想力の冒険だ」

 レノーは小屋を出るように皆に言って、自分も小屋から外に出た。小屋は皆が出た後、洞窟のそばに落として置いた。試しに自分の身体を河の水で包み、どうなるか試してみた。


 (だいじょうぶだ。ただこれでは、風には弱いみたいだ。でも町をおおい隠すほどの大きさがあって、もっときつく張れば、きっと風にだって、もっと強いだろう)


 レノーの全身が雨水でおおわれて、それが川の方に向かって歩いて行く。フェミはレノーに警告しようと思った。でもそんな必要は、これっぽちもいらなかった。


 あふれそうなほどの河の水が、竜巻のように空に向かって巻き上がって行った。アテンドンの町の上空に、水の巨大な天蓋てんがいが広がり始めていた。どこまで包めばいいのかよくわからなかったが、レノーは出来るだけ広くそれを張ろうとした。水ならいくらでもある。硬い水の防御壁を、彼は町全体のまわりに張りめぐらせた。そしてそれを地上にまで、空気が入らないように、ていねいに思い描いていた。


「風が、やんだ」

 フェミが言った。

「雨ももう、降ってないよ」

 クルルだ。


 レノーはしかし、つらそうに見える。もしかして、とても疲れるのではないだろうか? フェミたちがレノーのそばに駆け寄った。


「レノー! だいじょうぶなの? 苦しくはない?」

「あたし、椅子を持ってくる」

「ああ。けっこう大変なんだけど、これならまだしばらくは、もつだろう」

 クルルが椅子を持って来た。洞窟からも、ドブシャルたちが出て来て彼らのまわりに集まって来る。

 レノーは椅子に腰かけた。ドブシャリたちはギャバギャバ言いながら、町の方に向かって、駆けだして行った。

「奇跡……クフィーニスの」

 フェミがつぶやいた。クルルがフェミと自分の椅子も持って来て、三人並んで腰かけた。

「水の天井が……」

「だんだんきれいになって来る」

「外から降ってきている雨も、ドームに取り込んでいるんだ」

「きれい……」

「でもレノー、いつまで持ちこたえられるかわかるの?」

「いや、わからない。でも思ったよりはしんどくもないんだ。早く嵐が過ぎてしまえばいいのに」

「そうだね……」

「フェミ。クルル」

「何?」

「……腹がへったょ」

 あはは、とフェミもクルルも笑った。久しぶりの笑顔だった。


 嵐はその後数時間続いた。レノーはその間、ずっと椅子に腰かけて、上空を見続けていた。フェミとクルルはレノーに飲み物や食べ物を運んで来た。かなりの疲労がレノーを襲ったが、彼が持っている力はこの嵐に耐えるのには十分だった。


アテンドンを包んでいる水のドームが、いつしか光に輝き始めた。嵐が過ぎたのだ。町の外がどうなっているのかが、よくわからない。


 (もう、ドームを外してしまってもいいのだろうか?)


「クルル、もういいのかな?」

「ぅん……あの空なら、もう平気なんだと思うわ」

「まだだめ」

「フェミ? まだなのか?」

「……だって、きれいなんだもん」

「ドームの水の処理だって、考えないといけないんだぜ」

「川に流しちゃえば?」

「簡単に言うなょ」

「風ももう、だいじょうぶだと思う」

「そうか、じゃあ水を外して川にすこしずつ流すか」

「待って。——夕焼けだよ」

 え? とクルルが言った。

「水のドームが……夕暮れ色に染まって……あぁ、きれい」

「俺はもう限界だ」


 町の上空をおおっていた水が、一つの球体に集まり出した。レノーはそれを、町を流れる河の川下に少しずつ流し込んでいった。これも根気がいる作業だった。風はもうおだやかだった。夕空に月が浮かんでいた。水が全部、河の中に注がれてそれが終わった時、レノーは激しく消耗しょうもうしている自分に気づいた。


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