第71話 アテンドン

 空は晴れていて星も見えていた。ドブシャリたちはそれぞれのやることがあって、三人はアテンドンの町をさまよっていた。レノー、フェミ、クルル。クルルが、だれそれが死んだとか、だれそれの家がつぶれたとか確認しては、一言ずつつぶやいた。


「どうしてこんなことに」


 町は嘆きに満ちていた。三人にかまう者などいなかった。皆へこたれていた。夜は更けて行った。


 レノーはフェミとクルルといっしょに、壊れた家の片づけをしていた。嵐とともにあらわれたクフィーニスを歓迎する者はあまりいなかった。レノーが起こした奇跡も、そんなに評価されたわけではなかった。ただ町長たちは彼らを歓迎してくれた。クルルの罪ももう問われないことがはっきりした。


 一つ一つ、板や家具や壁や石を安全なように取りのぞいたり、積み重ねたり、地道で根気のいる作業だ。クフィーニスに手を合わせる者もいた。小石を投げて来る者もいた。三人はすべてを受け入れようとした。


 夜なので作業ははかどらず、明日に持ち越しとなった。皆疲れきった身体で、野宿だ。

 明日から町中で葬儀が行われるだろう。血を吐いて亡くなってしまったドブシャリだって、いたのだ。


「あたしたち、今日のことをどう受け止めたらいいの?」

「わからない。出来るだけのことはした。明日も、出来る限りペタリンたちを助ける」

「レノー、フェミ、あたしは間違っていた。あたしは言葉を話せるようになった自分を、クフィーニスの友だちである自分を、みんなに見せつけたかったの。あたしは従者として仕えるクフィーニスを見つけた。それはアルルの命と引き換えだったのに。あたしは……。罰を受けたんだ。あたしはアルルにつづいてふるさとまで失くしたくはない。でも、あたしに出来ることなんて……ない」


 フェミもレノーも、それは違うと言って、クルルに言い聞かせた。クルルは二人のクフィーニスをつれて来て、そのおかげで命を救われた者だっておおぜいいる。クルルはするべきことをしたのだ。クルルなしでは「古い道」をこんなに早く、まっすぐに通って来ることは出来なかった。


「俺たちは力を得たことを、形で返さなければならないんだ。たぶんそういうことだ」

「一人一人の力がなければ、今日出来たことも不可能だったんだよ。あたしはそう思う」

「それでもドブシャリがたくさん死んで、あたしは……自分勝手に家を出て……」

 レノーはクルルに、もう自分を責めるのはよした方がいいと優しくさとした。

「あたしは誰にも責められなかったの」

 クルルは泣いた。しくしくしくしく……。フェミが、レノーたちの旅はいま始まったばかりなのかも知れないとつぶやいた。


「レノーもあたしも、クフィーニス。そしてクルル。あたしたちは重い荷を背負ったんだ。いつからかはわからないけど、もうそれを背負っちゃったんだ。ここに来るまで、ううん、さっきまであたしも勘違いをしていた。この町があたらしい旅の始まりになるんだ、そんな気がする」


 レノーが皆疲れている、話はまた明日にしようと言って横になった。フェミもクルルも何か物足りなく感じていた、同時にすこし恥ずかしかった。レノーはすぐに寝息を立てて眠ってしまった。


「一番疲れているのはレノーだからね」

 そう言ってフェミとクルルはレノーが変わったと話し出した。初めて会った時の情けない様子や、リサクの馬車で都をめざしていた時はひどかったとか、話は尽きない。

「レノー、変わったよ。ずいぶん大人に近くなった気がする」

 クルルがちょっと首をかしげてフェミに訊ねた。

「フェミは、レノーが好きなの?」

 フェミは微笑んだ。ムネの町にいたころとは違う、美しいとさえ言える微笑だった。

「うん。もちろんあたしは、レノーが好き。たぶん、愛してる、かな」

「あたしもレノーが好き。あなたと彼といっしょにいると、アルルのことも受け入れられるの。胸も痛むの。でもそれも、いまのあたしには大切なものなの。あたしはあなたたちといっしょにいたい」

 二人の少女たちは、それぞれの旅を思い返していた。

「あたしたち、どうしてレノーについて来たのかな?」

 フェミが問うた。しかし、クルルにもわからなかった。


 つぎの日の救援活動も大変だった。

 夜のうちに亡くなったドブシャリもいたし、息絶え絶えで助けられ、その後すぐに亡くなる者だっていた。レノーの現在の治癒の技では、助けられないほどに。フェミとレノー、そしてクルルがクフィーニスとその従者であることは町のドブシャリたち皆に伝えられているようだった。


 クルルは時々、ドブシャリたちの言葉をレノーたちに通訳して聞かせた。この状況では、レノーたちに頼るしかない場合もいろいろあるのだ。皆、三人にこの町に留まって彼らを助けてほしいと言っているのだと、クルルが二人に伝えた。


 能力を使いつづけることは、レノーやフェミを激しく消耗させた。ドブシャリの子供たちは彼らを勇気づけた。疲れ果ててすこしの休憩を取っている時、レノーはフェミに言った。


「フェミ、俺はこういう考えなんだ」

 アテンドンにこのまま留まり、町や森を再建すること。

「レノー、わかるでしょ? あたしも同意見だよ」

 クルルが二人の所に来てこう言った。

「レノー、フェミ。あたしはここに残る。もしあなたたちがどこかに行くのなら、それでもかまわない。あたしはこの町のドブシャリになる」

 レノーたちはいま話し合っていたことをクルルにも伝えた。彼女は二人に抱きついた。


「嵐に襲われたのはここだけじゃないかも知れない。どこにだってそれはやって来るだろう。都でさえ危ない。しかし必ず町はよみがえる。緑はよみがえる。俺たちはそのために、出来ることをして行こう」

「あたしたちはレノーについて行くわ。アルルが言っていたことを、思い出して。あたしたちが組めば、最強なんだよ」

「そしていつか、イカルカにもね」


 町の建物や樹木の残骸の中で、三人はそれを決めた。レノーとフェミはクフィーニスであることを、クルルはその従者であることを、皆で認め合った。夏は過ぎて行く。でも三人の旅はこれからもつづくだろう。やがて緑はよみがえる。

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グリーン・フェニックス 羽音 彰麿 @akimarohane0316

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