第69話 嵐
すごい風の音がする。嵐、たたきつけて流れる雨の音も。
やっと洞窟の入り口まで来た。河のように、雨水が流れ込んで来ている。
「ひどい嵐」
「どうなっているんだ、この天候は」
「前がよく見えないよ」
(こんな横殴りの風雨の中を、町まで行くのだろうか?)
ドブシャリたちは長い綱を用意して、近くの樹々との間を結んであった。それにつかまって歩くのだ。
フェミやクルルが何かを叫んだ。しかしそれはほとんど聞こえない。身の安全を第一に考えなければ。目もよく見えない。雨が顔を流れ落ちるので、光と影を映した水ばかりしか見えない。レノーは能力を使えなかった。どう力を用いたらいいのかが、わからないのだった。
先頭を行くレノーが合図して、三人は一度洞窟の入り口まで戻った。すでに三人ともずぶ濡れだった。
「危険だ。嵐がおさまるのを待つしかない」
後ろにいたドブシャリがクルルに向って何かを言った。
「逃げ遅れた仲間が、まだ町にいるんだって。助けに行ってほしいって」
「行くしかないのか。フェミ、ついて来れるか?」
フェミはたじろいだ風で、しかし強い口調で答えた。
「もちろん。あたしの能力だって必要でしょう」
「レノー、あたしたちも行くよ」
クルルが町長と自分を指さして言った。
「だいじょうぶかな? いいでしょう、街の中のことはわからないからな」
レノーを先頭に、フェミ、クルル、町長の順でたず
川の水位が上がっていた。まだたず
川は
だれの声もよく聞こえない。皆何も言わずにお互いを助け合った。遠くに町がちらちら見えている。あれが町の建物だとわかったつぎの瞬間、その家の屋根がめくれ上がるのをレノーは見た。フェミもクルルもこれからどうしたらいいのか判断できずにいた。
(こんな嵐の中で、あたしたちは無事にやってのけられるのだろうか?)
彼女はレノーに抱きかかえられていた。クルルも、町長といっしょにかたまって、しんぼう強くすすんでいた。
フェミが時々町の樹を見つめるようにし始めた。よく見えはしないが、それでも樹々がこれからすぐにどうなるのかが彼女にははっきり見えていた。レノーもそれに気づいたらしい。
「フェミ! 樹をよく見てくれ! 安全な樹を探すんだ!」
折れてしまう樹の枝や、倒れてしまう樹を、レノーはフェミを通して見ていた。必要な時には先に樹を倒して皆を守った。
全員冷たい身体をしていた。レノーはなぜこんなことになってしまったのか、理由が知りたかった。嵐が過ぎるまで、どうしたって犠牲者は出るだろう。でも一人でも、と彼は考えた、一人でも多くのクルルの仲間を、助けるのだ。
風に降りまわされる枝に打たれて、皆いっせいに転んだ。もう誰も、立ち上がることも出来なかった。四つん這いになって、町の門を乗り越えた。門はもう倒れていたのだ。
町の中も
助けを求める声が、どこからか聞こえて来る。
(いったいどこだ?)
レノーはここが安全だと感じた小屋と樹木が立っている場所に、自分たち四人を、というより四人の服を、一度に運んだ。小屋の中に入る。
「レノー! すごい、こんなことも出来るなんて。でも、怖いよ!」
「クルル、町長に言ってくれ。ここを起点に、あちこち助けに行くからって」
「わかったわ」
町長はレノーの手を取って、きゅるきゅる言い始めた。
「フェミ、ここにいてくれ。あとは」
「だめよ。あたしがいなければ、見ていない樹のことはわからないのよ」
クルルは町長が何か必死で訴えるのを聞いている。
「レノー、赤レンガの家に、たぶんみんな避難しているかも知れないって」
「赤レンガ? もしかして、あれか?」
レノーはいまいる小屋の前の広場の向こうに、三階建ての、赤レンガの家が建っているのを指さした。
「そう、それだって」
「あの建物なら、だいじょうぶなんじゃないのか? 丈夫に出来てるだろう?」
「子供と年寄りがいるらしいの」
「何かいい方法はないか? どんなものを思い浮かべれば、みんなを一度に助けられる?」
それについて、四人で議論した。町長は、一人一人でいいから、早くと言っている。
「まさか、とは思うんだけれども」
レノーが言った。
「あの建物を、丸ごと運べることが出来るかどうか、試してみてもいいでしょうか?」
残りの三人がびっくりした顔で彼を見つめた。
『そんなことが? まさか』
「でもさっきから、レノーの力、すごいでしょ」
町長が反論した。
『でももし建物が倒れたりしたら。あれだって、地面にしっかりと建てられているはずだ』
「それなら……この小屋を、馬車代わりにする」
『えっ』
「樹にうまく守られてるが、造りは弱いはずだ。小屋ごと、ちょっと広場を横切ってみるか」
『そんなことが……』
「時間がない」
レノーはまず小屋の床下を切って見ることにした。一度外に出る。さいわい小屋を取り囲む樹がこの小屋を守っている。スイカをナイフで切るように、それは簡単に出来た。
皆があ然としている。レノーは小屋の中に戻り、皆にちゃんとつかまっていてと頼んだ。
「行くぞ!」
レノーたちを載せた小屋が、広場を横ぎり、赤レンガの建物の入り口まで、ゆっくりと飛んで行った。快適な馬車のように、風に揺れることすらなかった。
「俺はここでこの小屋を
「わかった」
クルルとフェミ、町長が、声で呼びかけながら中に入って行った。中からもギャバギャバ言う声がいくつも聞こえて来る。おそらくうまく行くだろう。
小さな子供のドブシャリをつれた母親、動きの遅い年寄りのドブシャリ、ほかにもまだいた。フェミたちも全員が小屋の中に入ると、小屋はもういっぱいになった。
「これで全員か?」
クルルがうなずいた。
「たぶん、心配はいらないから。行きますよ」
小屋が浮き上がり、広場の上を洞窟に向かって動き出した。まわりは大変な荒れようだ。
だが小屋は問題なく、無事に洞窟までたどり着いた。歓声が上がる。
「まだ他にもいるのでは? クルル」
「そうなの。ちょっと待って」
それからクルルが町長たちの説明を聞き、レノーに伝えて、小屋を馬車代わりにして、レノーたちは何度も救命活動をした。
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