第68話 洞窟

 レノーの腕から手にかけてが真っ赤に染まる。彼は手近にあった樹の枝を能力でへし折ると、さらにそれをいくつかに切って、小山の上まで何本も突き立てた。

 枝が大地に突き立つたびに起こるどすどすと言う音に、小山の上の方から何かギャバギャバ言う声が聞こえて来る。レノーはフェミの手を取った。


「レノー、ほかにもペタリンがいるみたいだよ」

「ああ、おそらく、クルルの町の入り口か、どうやら着いたようだ」


 二人は枝につかまって、ゆっくり小山を登った。勾配こうばいが急で、それ以上速くは登れなかった。レノーは突然思いついて、近くにあった大きな石をフェミと自分の足の下に呼び寄せ、それに乗るようにフェミに言うと、その石が小山の上まで飛び上がる映像を思い浮かべてみた。それはたまたまうまく行った。二人はまるで空を飛ぶように、一度に小山の頂上まで宙を飛んだ。フェミはおどろいている。


 小山の上は平らになっていた。そしてそこに、捕らえられたクルルを囲んで、数人のドブシャリたちが武器を持って待ちかまえていた。


「レノー、フェミ、武器を捨てて。荷物をこちらによこして」


 クルルの言葉に二人は従った。一人のドブシャリが荷物やレノーの弓矢を運んで行った。クルルはさらにドブシャリたちに言った。


「二人はクフィーニスなの。そうアテンドンの町長まで伝えなさい」


 言葉を話すドブシャリと、二人のクフィーニスの出現に、ドブシャリたちはおどろき、とまどっているように見えた。クルルは危険な目にっていたわけではないらしい。

「レノー。あたしがあなたたち二人とドブシャリの間に立って話すから。あたしたちだけだし、あたしたちはドブシャリを傷つけたわけではないから、だいじょうぶ。話し合いの余地はあるわ」

 三人はしばらく待たされた。雨風がさらに強くなって来た。一人のドブシャリがクルルに話しかけ、別のドブシャリにたしなめられた。レノーは緑の石を、フェミは青い石を、それぞれのポケットに入れていた。レノーの腕は赤いままだ。

「あたしたちはドブシャリを攻めに来たんじゃないわ」

 クルルはそう言って、鼻歌を歌い始めた。

「フェミ。大丈夫かい?」

「うん、でも寒くて……ひどい嵐になるような気がする」

「たしかに。俺も寒い」

 しばらく経ってから、十数人ものドブシャリたちが武器をたずさえてあらわれ、三人をバラバラに引きはなした上で、小山に開けられた大きな洞窟の中へと引き立てて行った。


 ほんとうに嵐が来たようだ。もう昼になったのか、夕方になったのか、よくわからなかったが、レノーたち三人は暗くひんやりして湿った長い洞窟の中をずっと歩かされて、とちゅうに出来た天然の大広間のような場所で監視つきで休んでいた。ひどく寒くて、フェミとレノーはがたがた震えて乾いた服に着替えたかった。クルルは眠ってしまった。


「クルルは腹が座っているなぁ」

 レノーがあきれてみせるとフェミが応えた。

「ペタリンは寒さに強いんだよ、きっと。きっと、逆境にもね」

「まったく、たいした生きものだ。青い石が出て来るだけのことはある」

 変なほめ方だ、不謹慎ふきんしんでしょ、とフェミが顔をしかめた。レノーは寒さに震えた。焚き火にあたりたかった。


 ギャバ、とわめく声にクルルが目を覚ました。屈強そうなおそらく大人のドブシャリたちが三人を取り囲んだ。


「おいしいお茶がほしいところね」

 クルルはなるべく人の言葉を話そうとしているようだ。レノーとフェミの荷物は返してもらった。弓矢だけは没収された。フェミとレノーは乾いた服に着替えた。

「これからあたしの故郷につれていかれるのだと思う。こんな洞窟には来たこともなかったけれども」

「そこもこんな洞窟なのかい?」

「違うの。あたしたちは木で造った家に住んでいたの。人間にだって負けないの。あたしたちが器用だってこと、知っているでしょう?」


 実際二人はよく知っていた。ドブシャリにつれられて歩く洞窟はさらに長かった。クルルの鼻歌や三人の話し声が不気味にひびいた。

「外は嵐になっているらしいの。みんなこの洞窟に避難しているみたい。町の家とか、だいじょうぶかな?」


 どんな嵐なのかまではわからなかった。やがてもう一つの岩の広間まで来ると、別のドブシャリの一団に引きわたされた。そこにはおおぜいのドブシャリが避難していた。クルルは幾人ものドブシャリたちとドブシャルの言葉で話していたが、とちゅうでレノーとフェミに、説明をした。


「外は大嵐だそうよ。町の建物や樹木が倒壊したり、倒れたりしてるって。歩くどころか、目を開けるのもむつかしいらしいの」

「それじゃあ、ここにいるペタリンは」

「みんな避難してきたの。外も、家の中にいるのも危険らしくて……まだ、取り残された仲間たちがいっぱいいるって」


 洞窟の広間はいくつも分かれていた。レノーたちはその中のいくつかを通り抜けて、奥まった方へとつれて行かれた。大きなペタリンが三人、椅子に腰かけていた。

「町を預かっている、町長たちよ」

 クルルはそう言うと、今度はレノーたちにもわかるように人間の言葉で話を始めた。もちろんそれが出来るのは、クルルだけだった。

「町長。こちらはレノーとフェミ。二人はクフィーニスです。私はクルル、二人の従者です。二年前にこの町を逃げ出しました」

 そう言って、クルルは町長たちとレノーやフェミとの通訳をした。クルルが人の言葉をしゃべるのを聞いて、町長たちがおどろき、びくついているのがレノーたちにもわかった。

『クルル、どこでしゃべり方を習った?』

「都で。誰に習ったかまでは、言えません」

『いっしょに逃亡したアルルはどうした?』

「都で亡くなりました」

『その二人、レノーとフェミと言ったな、まだ子供のように見えるが、二人がクフィーニスであるという証拠はあるか?』


 クルルは通訳して、レノーの返事を聞いた。

「いまここで、簡単なものをお見せ出来ますが。この俺の荷物でもいい」

 レノーが彼の荷物を、宙に浮かせ、広間の中を自由に飛びまわらせるのを、ドブシャリたちはギャバギャバ言いながら、見つめていた。レノーは荷物をまた自分のそばに呼び寄せ、そっと地面に置いた。


『外は大嵐だ。アテンドンはこのままでは壊滅状態かいめつじょうたいになるだろう。クフィーニスの力で町を救ってくれないか? 我々の力になってくれるか?』

「やってみなければわかりませんよ。協力はします」

『おぉ。町を救ってくれるのなら、クルルの罪も許そう。お二人も、歓迎しよう』

「外の様子も知らないで、約束は出来ません。いったい、どうなっているのですか?」


 町長たちは三人でひそひそ話していた。ギャバ、と一人が小声で叫び、残りがギャバギャバとうなずいた。

 フェミはレノーに、彼女の力も必要なのかとたずねた。

「外の様子を見てみなければわからない。危険だったら、俺一人で行く。君もクルルもここで待っていてくれ」

「あたしたちは足手まとい?」

 それもまだわからない、と彼は答えた。

「フェミ、レノー、出口まで、様子を見に行きましょう」


 三人の後ろから、町長たちもついて来た。前後にたいまつを持った護衛が取り巻いていた。薄暗い洞窟の中、そこはアリの巣を思わせた。黄土色おうどいろっぽい岩の中に、左へ右へと通路が枝分かれしている。所々に広間があり、子供のドブシャリたちが数人ずつ集まっていた。空気はひんやりしていて寒く、しかし何か守られているような、不思議な安心感も受ける。通路のあちこちにたいまつをとめる差し込み口のようなものがあり、レノーたちを案内するドブシャリは、ぺたぺた音を立てながら歩いて行く。

 やがて、ほとばしる水音が聞こえて来た。


「あの音は? 何の音?」

 フェミが尋ねた。

「雨水が洞窟に流れ込んでいるの。とちゅうでずっと下の方に流れ落ちているから、こっちが水没することはないみたいよ」

 クルルが答えた。やがて一行はそれが滝になっている所を目の当たりにすることになった。この辺りでは洞窟は立体的な構造になっているようだ。橋になっている道をすすむ。

「あぁ、町の匂いがする。アテンドンの」

 クルルがつぶやいた。ドブシャリたちはびくついた。クルルを見たこともない生き物のようにあつかっていた。もちろんクフィーニスだって、彼らは会うのが初めてだろう。

「あたしは来てよかった」

 クルルの本音だった。

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