第67話 古い道

 フェミもクルルも長いパンツをはいていた。子供たちは自分の方が木登りが上手だと言って、それぞれに競い合って楽に柵を乗り越えた。


 急に空気がひんやりした。あとはまっすぐにこの道を行けばいいはずだ。アテンドンまでしかし三日はかかるらしい。それでも皆はギシの言うことをなかなか信じられなかった。一週間はかかるはずだ。ギシは言っていた。


「『古い道』は早いんだ。この国のどの道を通るよりも早い。もちろん行く場所にもよるが。たぶん、とにかくまっすぐらしい。本に書いてあった。何の本かは思い出せないが」


 レノーたちはその言葉を信じるしかないのだった。たしかに、何かこの森には奇妙な所がある。一見道などはなく、樹もばらばらに立っているようだが、しかしある角度から見ると、まっすぐにすすむ目印になる樹が、ほとんど等間隔で立っているのだった。それに気がついたのはクルルだった。


「目印はコダマの樹よ。あたしたちドブシャリならみんな知っている」


 しかしレノーにもフェミにも、まったくほかの樹との違いがわからなかった。

 とちゅうから皆上にもう一枚の服を着た。それほど森の中は寒かった。いまが夏だというのが信じられないくらいだ。森の中には小川も流れていたし、動物たちも見受けられた。 

 レノーはやっと、カヌウから贈られた弓矢が役に立つ時が来たと言って、時おりうさぎを狙った。


 森は広く、もうどちらを見ても樹々しか見えなかった。三人は休憩を取りながら歩き、夜には交代で焚火の番をしながら、眠っているほかの者を守った。


 レノーとフェミはこんなことでほんとうに町に出られるのかどうか、不安で仕方なかった。だが二人にはクルルがついていた。旅はそんな風につづいて行った。


 三日目の夕方になっても、森からは出られなかった。何か天候が、雲行きが怪しい。嵐でも来るのではないか、空気の匂いも空模様も皆の不安感を増幅ぞうふくする。それでレノーとフェミはやはり道を間違えたのではないかと疑ってかかり、それをクルルがまただいじょうぶだと言い聞かせてなだめた。


「クルルを信じよう、フェミ。彼女には道が見えていることを」

 フェミは森の中で迷うのが初めてだった。正直に怖いともらした。クルルがフェミの手を取って、優しくにぎりしめた。

「フェミ、だいじょうぶなのよ。あたしを信じて。今夜か、明日には森から出られるわ」

 レノーもフェミの肩を抱いた。ほかに彼が出来ることは何でもした。


 食料の調達、火をおこしたり火の番をほかの二人より長くしたり、周囲の見回りも一人でした。

 彼はまだ病んでいた。薬はもうない。時々トーンドーンでミルに習った治療を自分に施した。完全ではないが、いまではフェミとクルルがいれば病とうまく折り合いをつけてやって行くことが出来た。家族のことを考えるのもなるべくしないようにしていた。


 むしろ彼が考えていたのは、沼地を出た後に出会った大勢の人たちのことだった。

 たくさんの人と、ペタリンたち。アルルのむごたらしい死は彼だけではなく、皆の中に大きな影響を残していた。クルルにはなるべくアルルのことを話すまいとしていたが、しかしクルル自身がむしろ話してほしいと言ったので、皆であの夜のことも含めて、レリッシュの館でのこと、そして青い石のことなどを話し合った。


 小雨が降り始めた。降ってはやみ、また降り始める。三人とも、雨具を持ち合わせていなかった。そしてだんだん降りが強くなってきていた。風も生暖かく、森中の樹々がかなりの強さでざわめき出していた。レノーもフェミも、濡れた髪が気持ち悪かった。額に張り付いた前髪が、試練にっている三人を象徴しているかのようだった。服も荷物も濡れていた。


 青い石を捨てるのはやめよう、それはクルルの判断にまかせようとフェミとレノーは決めていた。アルルの青い石を捨てることを考えていたなんて、二人は首こそ横に振らなかったものの、自分たちがまた狭いものの見方にとらえられていたと話し合って、苦笑いを見せ合った。もし捨てるのなら、それは緑の石なのではないのか? いたずらにクフィーニスの力を呼び覚ます緑の石を、もっと警戒しなくてはならなかった。


「おかしいわ。さっきから、道が曲がり始めたの」

 クルルがいぶかしい顔をした。

「着いたのか? まだ、まったく森の中だぜ」


 そのやり取りがあったのは、もう四日目の朝だった。森の中はすがすがしい空気に満ちていたはずなのに、いまでは悪い予感で皆いっぱいになっていた。前夜にレノーが捕らえた兎を調理して食べた後の三人は元気いっぱいだったが、どこか怖れも常にまとわりついている。


「まわっている。道が、ぐるぐる」


 クルルの説明によると、目印の樹が円を描いてまわって立っている。その真ん中に小高い小山があった。おかしい、小山の上には草が生えていない。


「みんな、気をつけろよ。何か危険なものがあるかも知れない」


 フェミもクルルも武器は持っていなかった。万一の時のために、レノーは緑の石をフェミに借りていた。フェミも青い石をどこかに隠し持っている。時間をかけて、慎重に辺りに気を配りながら三人は小山のぐるりをまわった。


「もとの場所に出た。小山を登ってみよう」


 三人は互いに気をつけてと声をかけ合った。だが、レノーもフェミも登ることが出来なかった。すべるのだ。手がかりになる樹も草もない。クルルだけが大きな足でぺたぺた登って行く。


「気を付けろ、クルル。これには何かある」

 うん、気をつけて見て来ると返事したクルルが、上の方で声を上げた。


「レノー! 助けて!」


 強風で激しく揺れ動き出している森の中に、突然クルルの叫び声が鳴りひびいた。すぐに樹々のざわめきにかき消される。レノーもフェミもそれぞれの石を手に取った。

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