第66話 ギシ
ヨサが紹介した人にあいさつだけすませておくと言って、フェミはレノーとクルルをつれて行った。
どういう人か、わからないし、石のことはないしょにしておくと決めた。ボワボワに行く道をそれて、街並みは小さな家ばかりになった。皆くたびれていた。時々井戸を借りて水を飲んだ。夏の暑さが子供たちを疲れさせていた。やっとめざした家に着いた時には、日が傾いていた。古い
「ここみたい。でも何か気味が悪いような感じがする」
フェミは扉をたたいた。こんにちは、ギシさんと繰り返して。
「ギシっていうの?」
レノーが
「手紙にはそう書いてある。変った名前だね」
やがて二階の窓から中年男が顔を出した。何も言わずにこちらを見ているひげ面の男にフェミは自己紹介した。
「ミルダムのヨサの娘? すぐ降りる」
ほんとうにすぐに玄関の扉が開いた。どうやら階段を駆け下りたらしい。
「ヨサの娘か。話に聞いたことがある。さあ、入った入った」
ギシはレノーやクルルの顔もまじまじと見つめながら家の中に招き入れた。特にクルルに興味を持ったらしい。クルルが言葉を話すことを知ると、おどろいて話し出した。
「お前、言葉を話すのか! すごい奴だ」
そうか、クルルっていう名前か、うんうんとうなずいて、フェミに友だちかと
「なるほど。仲良し三人組か」
フェミはヨサからの手紙をギシにわたした。家の中にはさまざまな地図が貼ってあり、書物も豊富だった。すすめられて椅子に腰をおろした三人は、ギシが手紙を読み終えるのをじっと待った。とちゅう、レノーはギシにじっと見つめられた。緊張して自分の顔がこわばるのを感じた。
「事情は分かった」
ギシが言った。
「安心しろ。俺はお前たちの味方だ。困ったことがあったら、何でも相談に乗るぞ」
フェミはレノーやクルルと顔を見合わせた。都を出てクルルの故郷まで行くことだけを告げた。
「ドブシャリの町? ああ、どこかにそんな町があるらしいな」
どの道を通って行けばいいのか、フェミがひかえめに質問した。ギシは一枚の古地図を持って来て、クルルにどこに町があるのかを問うた。
「この辺です」
クルルはとある場所を指さした。
「ほう、こんな所に。だったら、ひょっとすると」
ギシはまた立ち上がって、別の地図を持って来て、言った。
「『古い道』だ、『古い道』を通れば早く着く」
ギシの説明によれば、ミルダムやアヌサを通らなくても、とちゅうからクルルの故郷にほとんどまっすぐに延びる道があって、もう長い間使われていないけれども、近道だということだった。
「アテンドンって言うの」
クルルが町の名前を教えた。ギシは、見たことも読んだこともないと首をかしげていた。
ギシは地図を写させてくれた。三人はボワボワに戻ると、勘定をすませてすぐさま旅に出た。ボワボワの支配人はアルルの死をすでに知っていた。レノーたちはしかしそのことについて深く考えている間もなかった。アルルの死をあまり目の当たりにして考えるのを避けていたのかも知れない。すぐに旅立つのも、それが原因かも知れなかった。
「お金もそんなにあるわけじゃない」
レノーが言った。
「でも、もう行かなくちゃ」
三人の旅はそれでも楽しかった。楽しみの隣りに悲しみが横たわっていることを、光が射せば影が出来ることを、三人ともよくわかっていた。夏の盛りはやがて過ぎ去るだろう。あわただしく国中を駆けめぐったこの夏の旅は、いつかは三人の記憶からも消えてしまうのかも知れない。だがこの夏の日の輝きだけは、きっと彼らから失われることはないだろう。都から南西へと下り、五日間が過ぎたところでその場所に出た。この日は朝から徒歩で旅していた。
「あそこだ」
レノーが指さした。
「ギシが言っていた森だ」
それはたしかにもはやだれも通らなくなっている道だった。歩くにつれて森は近づいて来るのに、道があるのかどうかもはっきりしないほどだった。
「どんな道でも覚悟はしているわ。あたしは平気よ」
フェミが言うことに、クルルも同じ気持ちだと答えた。
「すくなくとも涼しい分だけ、楽だろう」
レノーも皆を勇気づけるように言った。
森に入ってしばらく行くと、大きな柵で通れなくなっていた。
「これは何のためだろう?」
皆で相談して柵を乗り越えることに決めた。
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