第65話 論議
「アグロウだって、国を壊したり人を殺したりするつもりはなかったのよ? 大きな力には、それを恐れる者と、それを独り占めにしようとする者がきっとかならずあらわれる。いま一番危険なのはレノー、あなたなのよ?」
屋内は蒸し暑かった。大きな蜂が突然あらわれて、レリッシュがちぢこまって逃げた。
「俺は、いやどんなクフィーニスだって、石と、フェミのような女性の協力が必要だ。力は誰にも独り占めになんかされない。ペタリンの協力だって、きっと必要なんだし。みんなでよくなって行くんだ」
「レノー、あたしはね、樹や花が大好きなの。緑が宝石でなくったって、ぜんぜんかまわない。アルルもクルルも、あたしの母親も、あなただって、みんな逃げて来たでしょう? いったい何から逃げて来たのか、わかる?」
「わかるわけないだろ。すくなくとも俺は、殺されたくないから逃げて来たんだ。たぶん、ペタリンたちも、君のお母さんも、そうだよ」
「逆らったら殺されてしまうような
「はみ出しがあるからというだけじゃない。都は俺たちを受け入れてくれた。でも、それとこれとは別だ! 今はそんな話をしているんじゃない。じゃあこのままでいいって言うのか?」
それは、とフェミは口ごもった。
(いまだって皆、苦しいのだ。皆でよくなることが出来る時に、どうしてその機会を捨ててしまわなければならないのだろう?)
「みんなで決めるべきなんだ」
レノーが言った。
「みんなの意見を聞こう」
フェミが言った。
「こんな大事なことを、あたしたちなんかが決めてしまって、いいの?」
「みんなが責任を持つべきだ。だれも、逃げることは出来ないんだ」
それを聞いたレリッシュが調子よく発言した。
「あたしたちだけで樹を育てて、緑の石をたくさん増やして、ペタリンの青い石も探して集めて、一度に国中にばらまいたら? もうだれもそれを独り占めになんかできないくらいに」
「時間と労力がかかり過ぎるわ。あたしもレノーも、まだひとつの石も生み出していない」
「石が当たり前にだれもの手に渡ったら、その時はフェミや俺のような能力者が危なくなる。いまよりもっと危険かも知れない。石の秘密さえ知られなければ平気だけれども」
「でも、だれもが緑の石で豊かになるなら、どうしたってそうなるよ。クフィーニスもあたしのような能力者も、やっぱりいまと変わらず、ううん、今以上に、危険だよ」
「問題は石の秘密を守ることにかかっている。俺の故郷の
レノーは納得したようにつづけた。
「俺はたしかに、あの山と谷間には帰ることが出来ないな。俺も、つれて行けばフェミも、石もみんな危険だ」
「その通りだよ。レノー、やっぱりこの国には石もあたしたちの能力も必要ないんだよ」
「でも、使い方次第ではたくさんの人たちが救われる。トーンドーンで俺は、治療を覚えた。訓練すれば、もっと大勢の人たちを、助けられるかも」
皆考え込んでしまって結論がなかなか出ない。それまで黙っていたクルルが口を開いた。
「あたし、故郷に帰ってみる。青い石はアルルの形見。レノーにもフェミにも、いっしょに来て欲しい。あなたたちクフィーニスがいるなら、その緑の石があるなら、多分、大丈夫」
ペタリンの町へ……。
「確かに、青い石はアルルの形見だ。クルルのものだよね。——行ってみるか」
あたしは行かないよ、とレリッシュが言った。
「行くのならあんたたちだけで行きなさいよ。安心して。あたしはだれにも言わないから。あたしなんかが言ったところで、だれも信じてはくれないしね」
部屋は静まり返った。その場にいる全員が、選択する時だった。
「フェミと俺、クルルだけか……。フェミは、来るんだろう?」
少女は沈黙していたが、やがて決断したように、言った。
「あたしも、行く。クルルの町に。簡単に答えは出ないと思う。レノーともいっしょにいたいし。ついて行くわ」
「アルルがいないのが寂しいな。とにかく、石だってこの二つだけじゃないんだ。悪用する者だっているかも知れない。結論は俺もいまは出さない。クルルの故郷に、行ってみる」
フェミが急に泣いた。
「あたしたちみんな、鈍感だよ。アルルが死んだことだって、あたしにはまだほんとうに思えないのに。クルルがつらい目に遭うって、レノーだって言っていたくせに。ついて行けないよ」
皆黙ってしまった。フェミの唇が震えている。レリッシュが、さめた目で話しかけた。
「三人でやって行くんだね。あたしも歌姫としての
さあさあさあと言ってレノーとフェミ、クルルはレリッシュの館から追い出されてしまった。
「ちょっと待ってよ」
「レリッシュ!」
扉も門も閉められた。かんぬきまでかける音が聞こえた。三人ともとても心細くなった。
「冷たいよな……」
「三人だね」
「あたし、レノーとフェミがいればさびしくないよ」
三人はとぼとぼ歩いてボワボワに向かった。
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