第64話 青い石、緑の石
レリッシュはレノーをつれて彼女の館に帰ると、すぐに彼の腕に包帯を巻こうとした。レノーがいやがって、もうすこし石を試してからにしたいと言った。
「それもそうね」
マーモが包帯をここに置きますと言って下がって行った。マーモは結局首にならず、本人も勤めをいやがったり、皆に失礼な発言をするのをやめていた。
「緑の石を持つと腕が赤く染まる」
レノーが言った。
「能力を使えるかどうか、試してみる。何かいらない布を。いや、その包帯でいい」
レノーは巻かれた包帯をじっと見つめた。とぐろを巻いた蛇が鎌首をもたげるように伸びて行き、蛇がそうするように壁まで波打ちながらすすむ映像を思い浮かべる。一瞬の間だけ遅れて、包帯はその通りに動いて行った。
「すごい……これが、クフィーニスの力なのね」
「今度は青い石を。どうなるんだろう?」
青い石も冷たかった。だがそれは彼に何の力ももたらさなかった。
「腕の赤みが消えて行く……」
レノーはもう一度、
「これが、『あかし』なのだろうか?」
(だとすれば、それはイカルカの緑と、ドブシャリの体内にあったのだ。見つかるはずがない、カヌウにだって、見つけられるはずがなかった)
「ドブシャリのことなんて、だれも気にしていないからな。しかし、おどろいた」
(フェミは、フェミの力は何なのだろう?)
しばらくレノーはレリッシュと二人でトーンドーンやハクアでのことを話し合っていた。
「そう、あたしとのことが役に立ったのね。
「でもいざとなったら、頭が真っ白になりそうだった」
レノーは彼女が、だれにも出来ないことを可能にする人だと言って感謝した。
「あたしにはやり方がわかるんだよ。どうすればいいのかが、ね」
フェミたちが遅れてやって来た。
「レノー、クルルの話を聞いて。クルルが不思議な話を思い出したの」
レノーはフェミに二つの石を渡して、緑の石が何をもたらすかを簡潔に説明した。
クルルがトーンドーンの老婆の話をレノーたちに語る間、フェミは緑の石を袋に収め、青い石をにぎっていた。皆ピアノの部屋にいた。
彼女は傍らに置かれた鉢植えの樹の一生を眺めていた。細長い葉が伸びたり茎が伸びたりするのがかわいかった。気のせいか、葉が輝いているような気がした。何気なくレノーの方を見つめた時、彼女は自分の目がおかしくなってしまったように感じた。突然レノーと彼女の姿しか見えなくなってしまったのだ。まわりは真っ白だ。
「レノー!」
彼がおどろいて彼女を見つめるのがわかった。レノーは不思議そうな表情だ。
「フェミ? どうした?」
彼女は目がおかしくなったこと、自分とレノーしか見えないことを告げた。
「俺たちはそのままここにいるよ。目が見えないって、フェミ……?」
レノーがこちらにやって来て彼女の手を取った。
「レノー、この石、青い石!」
あわててレノーが青い石を彼女の手から取り上げた。真っ白だった視界がだんだんさっきの部屋の様子に戻って行く。フェミの顔が今度は真っ白だった。
「レノー……怖かった」
「何が起きたんだ?」
二人の会話に、皆真剣に聞き入った。
「注意深く試そう。これには何か使い方があるはずだ」
皆でいろいろ試してみた。フェミが緑の石を、レノーが青い石を持つ時には何も起こらない。レリッシュが持っても同じことだ。クルルもそれぞれの石を持ってみた。やはり何も起こらないようだ。つぎにフェミが、おそるおそるまた両方の石をにぎってみた。再び視界が真っ白に包まれ、レノーと彼女しか見えなくなる。今度はレノーが彼女にふれた、彼女はすこし安心した。だがこれで何がわかるというものでもない。
「レノー。緑の石を、取って。にぎってみて」
彼は言われた通りにした。
「力がみなぎるのを感じる。クフィーニスの力だ」
レノーの手から腕にかけてが真っ赤に染まった。
「あたしは、とくに何も……」
フェミがそう言った時……。
「フェミ。見える。フェミが俺を見ている通りに。いや、フェミが意識して見ているものが、俺には見える。あっ」
「レノー、だいじょうぶ? あたしにはそんなもの、何も……」
「切り替えが出来る。俺の視界と、フェミの視界に。だいじょうぶだ、危険なことではないらしい」
「レノーが緑で、あたしが青。それで何かが起きるのね?」
レノーは能力を使う時、像を思い描いてするのだということを皆に教えた。
「もしかすると……フェミ、あの鉢植えの樹が成長するさまを見てくれないか?」
「まさか、そんなことが……」
フェミはまた、小さな樹の成長を見つめた。
「見える。俺にも、樹が育つのが」
クルルたちには見えないらしい。そして突然、現実の樹ががさがさと伸び始めた。レリッシュもきゃっと叫んだ。レノーがフェミから送られた像を見るのをやめると、樹は静かになった。
「水をやったらどうだろう? それから光も。そうしたら、きっと」
「レノー。やめて」
彼はフェミが何を恐れているのか、誤解していた。てっきり彼のことを心配しているのかと勘違いしたのだ。そうではなかった。彼女は彼の緑の石と彼女の青い石を取り替えた。
レノーの腕が赤くなくなる。おもむろに厳しい顔をしてフェミが言った。
「レノー、これはあってはならない力だよ。あたしのは樹が枯れてしまうところまで見ることが出来るの。もしそれをいまみたいに、だれかクフィーニスがやってしまったら」
「樹が死んでしまうかも知れない……か。クフィーニスは樹を真っ二つにも出来るし、山だって削れる。力の強いクフィーニスなら」
そんなことより、と彼はもう確信していた。
(これが、この二つの石こそが、そしてフェミこそが「あかし」だ。もう俺は故郷に帰ったって、殺されはしない)
「だめだよ、レノー。あたしはあなたの故郷になんか、行かないから」
「なぜだい? 俺を助けてくれないのか?」
「大き過ぎる力は、大きな災いのもとだよ。この石は海にでも捨ててしまった方がいい」
レノーはあわてて言い返した。
「待ってくれ。捨てたりしないでくれ。この国がイカルカみたいになれるんだ。緑の宝石がなる樹がたくさん生えて、森が出来るんだ。みんなが金持ちになれるんだぞ」
さまざまな欲望が皆を惑わした。
「それだけじゃない。この国がイカルカのようになれば、ペタリンたちもイカルカとの交流を図るようになるだろう。俺たちも、フェミだって、君の母親の故郷に、たぶん両親の故郷に帰れるんだぜ。国も民も富める。樹は枯れたらまた育てればいい。緑の石も増える。ペタリンの身体から、青い石も出て来る。クフィーニスはもう危険な破壊者じゃない。アグロウとは違う」
フェミは認めなかった。
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