第63話 発見

 その夜皆はアルルの亡骸なきがらを取り巻いて眠った。フェミはなかなか寝つけなかった。


 レノーが夜中に起きてそれに気がつくと、彼女に小声で呼びかけた。

「フェミ? ……眠れないのか」

「うん……実を言うと、自己嫌悪で、眠れないんだ」

「自己嫌悪?」


 ウダツでセイルをあんな目にわせたりしなければ、アルルは殺されなかったはずだと彼女は語った。ミルダムに伝わってきたうわさでは、あの後セイルは村長を辞めさせられていた。


「だれかが人を切りつければ、またその人がほかのだれかを傷つける。人間って、ほんとうに、ばかだ。あたしだって愚かだ」

「愚かなのは俺も同じだよ。俺はクフィーニスの力を出して、セイルをやっつけようとした。それでアルルを助けるのが遅れた。アルルを助けることが出来なかった。俺は、間に合わなかったんだ」

 レノーは小さなため息を一つ吐くと、つづけて言った。

「自分の力を見せつけるという発想は、違うな。俺はそのために、ほかにもいろいろと間違ったことをしてきた」

「レノーだってアルルを助けようとして、傷だらけでしょう? レノーは悪くないよ」

「落ち込むのも、破目はめをはずすのも、自分を特別なものに見せる発想、自分の力を見せつける発想から来ているのかも知れない」

「それは考え過ぎだよ……こうしていると、みんなで笑っていたのがすごく昔のことのように思えるの。だって、楽しむのがそんなにいけないこと? だれだって、みんなで笑い合いたいじゃない?」

「だれかを傷つけなければやって行けない者が、きっとたくさんいるんだ」

「アルルは何のために、……刺されたのかな……セイルが殺したかったのは、あたしでしょう? どうしてアルルが死ななければならないの?」

「セイルは卑怯ひきょうな男だった。弱い者になら何をしてもいいと思っていたのかも知れない。実際、ドブシャリを殺しても、大した罪には問われない」

「信じられないわ……あんな男がいることが、信じられない」

「セイルのような男はたくさんいるんだ。だれの中にもセイルはいる。人を嘲笑あざわらう時、だれかを言葉で傷つける時、生き物を傷つける時」

「もうアルルは帰って来ないよ」

「でもアルルの死はむだにはならない。むだなものなんかこの世にはない」

「そう言えるの? 心から、アルルは無駄死にしたんじゃないって、そう言えるの?」

 レノーはとまどった。自分の言っていることが間違っている気がした。

「あたしはこれ以上都にいたくない」


 翌日の葬儀はうだるような暑さの中で行われた。アルルの身体からは死臭がただよっていた。皆普段着のままで焼き場に向かった。


 レリッシュの計らいで、人間の火葬場を特別に使わせてもらった。ドブシャリは埋められて土にかえされるのが常だった。弔辞ちょうじの代わりにレリッシュとクルルが歌った。悲しい歌だった。そしてそれは、寂しい葬儀だった。


 焼き場の老人がアルルを焼いた。アルルが骨と灰になってしまうまで、ひどく時間がかかった。遺骨を取り出す時、老人はおかしなものを見つけて言った。


「何だこりゃ? ドブシャリの身体から、でっかい石みたいなものが出て来たぜ」


 それは青い石だったが、老人が言うほど大きくもなかった。フェミが口を小さく開けて、あっと言った。ふところから色あせた袋を取り出すと、中の緑色の石をてのひらせて、見比べた。


「色は違う……でも、これとそっくり……」

 青い石は熱かったので、老人が水をくんで来てそれをひたした。

「石……。あたしのは母さんの形見だ。イカルカから来た……」

クルルがはっとしてせっかちに言った。

「フェミ、あたし、思い出した。トーンドーンのおばあちゃんの話。イカルカはドブシャリとクフィーニスの国で、クフィーニスの育てた樹の葉っぱが、宝石になるって」


 レノーは「あかし」のことを考えていた。フェミもそのことに気がついたらしく、レノーに緑色の石をてのひらの上にせたまま差し出した。

「レノー、そういえば、この石にさわったこと、ないんじゃないの?」

 彼はフェミの目をじっと見つめた。それから緑の石を、手に取った。

「冷たい……でも、気持ちいい」


レノーは目を閉じていた。自然にそうしていたのだ。

でもそれ以上のことは何も感じられなかった。レリッシュが急にそばに来て、黒い長そでの上着を彼に着せた。


「レリッシュ、何? 暑いよ」

 レリッシュは唇に指を当てて、しっ、と言った。

「フェミ。青い石を持ってきて。クルル、ごめんね。あたしとレノーは先にあたしの家に帰る。あなたたちが来るのを待っているわ」


 レリッシュはレノーに、手をポケットに入れるよう、ささやいた。レノーは自分の手を見た。それは赤くなっていた。塗られたのではない、しかしまるで塗られたように、真っ赤だった。


 クルルは、フェミの緑の石の存在に、驚いていた。


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