第62話 ドブシャリたち

 あたしとアルルはドブシャリの町で生まれ育ったの。アルルはあたしの兄なんかじゃない、あたしたちは恋人同士なの。あたしたちはもっと幼い頃からお互いを知っていたし、好きだった。でも、ドブシャリにはドブシャリのおきてがある。あたしたちは結婚は出来なかった。ある年齢を越えたら、求められたその相手と何度でもそれをしなくてはならない。

 あたしたちは二人だけのものになりたかった。あたしはいろいろな者の相手になるのが、アルルもその中の一人になるというのが、ドブシャリのおきてだった。あたしたちは許されない恋をしていた。どちらが言い出したことかわからない、あたしがその年齢になる前に、あたしたちは町を抜け出して、逃げ出したの。しばらくはたくさんの仲間に追われつづけた。でも、いったん逃げ切ってしまえば、あたしたちのことなんか、いつまでも追っては来ない。

 国中に散らばっているあたしたちの仲間は、おきてを破ったドブシャリなの。そうしたドブシャリは、もう町には帰れない。そこに帰れないということは、ドブシャリではなくなるということなの。レノー、ごめんなさい。あたしたちは隠し事をしていたわ。あたしたちはあなたを連れて少し街を回って、またカヌウの村に戻ればいいと軽く考えていた。ドブシャリはイカルカへの道を知っている。ただ、大人にならなければ、そしてその時ドブシャリの町にいなければ、それは教えられない。大人になってからおきてを破るドブシャリはいない。

 大人たちはイカルカを目ざして旅立ってゆくから。あたしたちの町があるのは、レノー、あのズンドウの森から、アヌサを通り過ぎて、ずっと先へ行った方にあるの。あたしたちはあの森に逃げ込むことで追っ手をあきらめさせることが出来た。そこでカヌウと出会って、森の中から脱出出来た。あなたに会うまで、二年間もの間、あそこで平和に暮らしていた。それからのことはあなたが知っている通り。先も言ったとおり、カヌウの村に戻るつもりが、あんな火事になって、戻れなくなって、ドブシャリの村にもどこにも、あなたと同じく行き場がなくなって、でも本当のことは教えられなくて、それは怖すぎたから……。

 あたしたちは話も出来るようになったし、歌も歌えるようになった。都で一生アルルと暮らすつもりだった。でももうアルルは、こんなことに、なって……。あたしも昔のリサクのようになってしまった。これからどうしたらいいか、わからないょ……。


「レノー」

 フェミが言った。

「アルルが最後に言ったのはね、『イカルカにつれて行って』っていうことだったの。あたしが聞いたの」

 クルルはいけない、いけないとつぶやいている。

「あたしたち、行くべきなんじゃない? クルルと、アルルをつれて」

「アルルをどうやって、ってこともあるけど……果たしてそうだろうか」

 レノーは反対した。

「それは、いま俺を故郷につれて行くのと同じなんじゃないのか? つらい目、ひどい目にうのはクルルだ。きっと、イカルカへの道なんて、教えてもらえないだろう」

 クルルは、どこへも行かないと言って、それきり黙り込んでしまった。

「クルル、ごめんね」

 フェミは謝った。

「あたしが悪かった」

 レリッシュの館に着くと、アルルを屋内に運び込んだが、マーモは事件を知ると、あからさまにいやな顔をして、アルルをつれてとっとと出て行けと命ずるように言った。それで今度はレリッシュとマーモの口げんかだ。

「レノー、聞くにえないよ」

 そうフェミが言った。クルルもレノーに抱きついて、言った。

「レノー、あたし、アルルをつれて帰る。ボワボワに帰って、明日お葬式に出す」

 わかった、と彼は言った。

「みんな、アルルをつれてボワボワに帰ろう。ここで着替えて、レリッシュに礼を言ったら、帰ろう。明日アルルの葬儀をしよう」

 しかしレリッシュが引き留めた。

「みんな……レノー、ちょっと待ってよ。この町で葬儀を出すやり方なんか、知らないでしょう? あたしにまかせてよ。みんなも考え直して。何ならマーモをいまここで首にしたっていい。あたしはみんなの味方だよ。みんなを夜会につれて行ったのは、このあたしなんだ。アルルとクルルに話し方を教えたのだって……。あたしも、すごく悲しいんだよ」

 歌声がして、それはだんだん大きくなった。クルルだった。


 夏の誕生を祝って 春と夏が歌う

 きっとそれが 僕らの旅の始まり

 道を行けば出会いがある

 そんな風に ぼくらはここに


 山と海を経て 嵐の夜も

 一人一人はちっぽけな生き物 でも

 ずっと手をつないでいる

 こんな気持ちを何と言おう


 くり返す 少年の夏 少女の夏

 輝く心 つかんで帰って来る

 傷ついた 小さな子供

 だからこそ 見えることも


 声を失くさないで

 見つめて 触れて

 腕を開いてすすめば

 心も晴れるよ

 笑顔を忘れないで


 何度でも 別れたって 消えたって

 僕らが歩む力になる

 忘れてしまった人だって

 また新しい出会いになる


 歌を失くさないで

 描いて 裸足で駆けて

 翼を開いて空にも昇るよ

 笑顔を忘れないで


 声を失わないで

 見つめて 触れあって

 腕を開いてすすめば

 心も晴れるよ

 笑顔を忘れないで


 クルルは自分に歌声を授けてくれた女性に向かって言った。

「レリッシュ。あたし、あたし……やっぱりアルルのお葬式をあなたにまかせる。あなたはあたしとアルルの歌姫。歌姫にアルルの葬儀をしてもらいたいの」

「クルル……あたしにまかせてくれて、ありがとう。ちゃんとしてあげるからね」

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