第61話 アルル

 辺りからくすくす笑う声が聞こえて来た。二人が踊り出すと、それはあからさまな嘲笑ちょうしょうに変わった。レノーは顔から火が吹き出そうだ。しかし耐えた、一生懸命にまわりのマネをして踊りつづけた。フェミはクルルを励ましていた。


「みんな、気にしなくていいんだよ、きっと。クルルだって、せっかくだからアルルと踊ってくれば? もうこんな機会はないかも知れないよ」


 アルルとクルルは恥ずかしそうにしていた。やがてアルルが言った。

「クルル、僕と踊ってくれますか?」

 クルルはアルルを見てためらっている。

「こんな僕ではいけませんか?」

「そんなことない。あたしはアルルが好き。アルル、つれて行って」

 楽しんでね、とフェミが声をかけた。しかし彼女も不安と恥ずかしさでつい下を向いてしまう。そしてこうつぶやいた。


「あたしはここでこうしているしかないよね」


 踊ろうとしているペタリンたちがまわりに与えた影響は大変なものだった。だれかが演奏をやめろと言った。ペタリンたちが近づくと皆踊るのをやめて逃げて行った。あっという間に、踊っているのはレリッシュたちとペタリンたちだけになった。


 曲が変わった。速い調子の曲に、先ほどからレノーはもう自分が何をしているのかわからなくなっていた。手本になる者もいない。フェミは飲み物を楽しみながら時々皆を眺めていた。


 レリッシュは微笑んでいる。一人の男がペタリンたちに近づいて来るのにだれも気がつかなかった。

 それが起きた時、クルルはアルルにいま自分は幸せだと告白している所だった。アルルの脇腹をやいばがつらぬいた。

 アルルは自分がなぜ刺されたのかわからなかった。踊りをやめさせられるだけだと勘違いしていたのだ。そしてアルルはやめるつもりなどなかった。


「ウダツをばかにするな」


 そう男は叫んでいた。


「このドブシャリめが」


 アルルは激痛に耐えながら男を払いのけようとして腕を振った。だが空振りした。クルルがアルルの名前を叫んで悲鳴を上げた。


「アルル! いやぁ! やめてぇ!」


 男はセイルだった。それに気づいたフェミはレノーに大声で知らせた。セイルはアルルをもう一度、今度は深く、持っていたナイフで突き刺した。


 金色の河口の光が、アルルの脳裏を満たした。

 (これだ……僕があそこで見たものは、これだったんだ……)。


「クルル……」


 アルルは床に倒れた。レノーはとっさに能力でセイルを倒そうとしたが、自分がもはやその力を失っていることを思いだすと、横からセイルに飛びかかった。


 皆も走り寄って来る。警備員がやって来て、レノーとセイルを取り押さえるまで、レノーは傷つきながらセイルと取っ組み合っていた。


 音楽はとっくにやんでおり、だれもが衝撃を受けてペタリンたちを見つめていた。


「しゃべった」


「ドブシャリが、叫んだ」


 フェミが大声でその場にいた全員を非難した。 


「アルルとクルルは人の言葉を話すんだ。ドブシャリなんて名前で呼ばないで。あたしたちの大切な友だちなんだ。くもった目をぬぐってよく見てよ。アルルを殺したのは、あなたたちのその目のせいなんだ。だれも他人事ひとごとだなんて思わないで!」


 クルルがその間もアルルの名を呼びつづけていた。


「医者を呼んで!」


 フェミが助けを求めた。


「医者を呼んで! アルルを助けて!」


 その場に来ていた医者がアルルのそばに来て、彼の傷の具合をると、言った。


「もう助からない。どんな生き物だとしても、これはもう助からないよ」


 アルルは皆に見守られながら運ばれて行った。クルルの肩をフェミが抱いている。

 レノーが傷の手当と事情をかれてから解放されて、横になっているアルルの所に戻った時には、アルルはもう虫の息だった。もう話も出来ない。

 クルルがアルルの手をにぎっていた。苦悶に満ちた彼の時間もやがてあっけなく終わってしまった。女の子たちは皆泣いた。しかしレノーは泣かなかった。彼だってセイルのナイフであちこち傷ついている。


「最強だって、言ったじゃない……あたしたちが組めば、最強だって……アルル」

 フェミが目を赤くしてつぶやいている。


 そこへレリッシュがあらわれた。彼女はいわば皆の保護者として、事情聴取を受けていたのだ。徐々に冷たくなって行くアルルの身体を、彼女はじっと見つめた。


「みんな、アルルを運ぶわ。みんなで彼を弔うの。あたしの家に運ぶから。行くわよ」

 血だらけの担架たんかでアルルを運びながら、レノーは考えていた。


 (俺がもし、能力を失っていなければ、アルルは死なずにすんだかも知れない。俺はなんて、非力なんだろう。セイルは逮捕された。しかしほとんど罪には問われないだろう、とレノーやレリッシュから事情を聞いていた者たちが言っていた。肝心かんじんな時に……。クフィーニスの力が、あったなら……。

 そもそも、なぜセイルがこの夜会に来ていたのかすら、わからない。

 いや、そもそも夜会に出るのが間違っていたのかも知れない。俺たちはよそ者で、嫌われ者なのだ。アルルはもう帰らない。アルルは殺されてしまった)


 クルルは黙ってしまって、ときおり赤い目から涙がこぼれ落ちていることしかわからない。レノーは都に向かっている時からのことを、振り返った。


 (まるで、るつぼに巻き込まれるようにして、俺たちはアルルを失ってしまった。皆の責任だ。自分たちばかりがはしゃいだ夜に、大きな代償だいしょうを払う破目はめになったのだ。

 たのしく時を過ごすことは、そんなにいけないことなのだろうか? 違う、俺たちは身のほどを知らずに、無理をしたんだ。出来もしないのに無理に楽しむくらいなら、レリッシュの館に帰って仲間内だけで気持ちのよい時を過ごせばよかったんだ。いや、ほんとうに?) 


 セイルのこと、人々の差別、彼はまたさまざまに異なる意見を思い浮かべて、万華鏡が鈍色にびいろになって回りつづけるのを見つめていた。

 アルルのために用意されたのは、荷馬車だった。クルルがアルルのそばをはなれるのをいやがったので、レリッシュを除いた全員が荷馬車に乗った。レリッシュが乗る別の馬車について行くのだった。衣装を返しに行かなければならない。


 そしてクルルが語り出したのは、彼女とアルルの物語だった。

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