第59話 奇跡

「はやくおいで。びっくりしなさいよ」

 アルルとクルルのぶぎゃぶぎゃした歌を聴かされる覚悟は出来ていた。ピアノを弾くレリッシュの両脇に、アルルとクルルが立っていた。二人はさらにそのまわりを取り囲んだ。

 ちらつく光が降りて来る、そんな感じの前奏につづいて、アルルとクルルが歌い始めた。

 レリッシュはピアノの伴奏をつづける。それはまったく、人間の歌だった。


 夏の誕生を祝って 春と夏が歌う

 きっとそれが 僕らの旅の始まり

 道を行けば出会いがある

 そんな風に ぼくらはここに


 山と海を経て 嵐の夜も

 一人一人はちっぽけな生き物 でも

 ずっと手をつないでいる

 こんな気持ちを何と言おう


 くり返す 少年の夏 少女の夏

 輝く心 つかんで帰って来る

 傷ついた 小さな子供

 だからこそ 見えることも


 声を失くさないで

 見つめて 触れて

 腕を開いてすすめば

 心も晴れるよ

 笑顔を忘れないで


 何度でも 別れたって 消えたって

 僕らが歩む力になる

 忘れてしまった人だって

 また新しい出会いになる


 歌を失くさないで

 描いて 裸足で駆けて

 翼を開いて空にも昇るよ

 笑顔を忘れないで


 声を失わないで

 見つめて 触れあって

 腕を開いてすすめば

 心も晴れるよ

 笑顔を忘れないで


 歌がおわった。ペタリンたちが人の言葉で歌って、レノーもフェミもおどろき入って何も言えなかった。ピアノを弾き終えたレリッシュが拍手をした。

「アルル、クルル、よかったわよ。どう、みんな? びっくりした?」

 しかしさらにおどろいたのは、アルルとクルルが人の言葉で話し始めた時だった。

「しゃべれるよ」

「しゃべれる。あたしもしゃべれる」

「もう書き付ける必要はないんだ」

「レリッシュ。あたし、うれしい」

 ペタリンたちはレリッシュに抱きついた。奇跡を起こした歌姫もうれしそうだ。

 レノーが叫んだ。

「信じられない!」

「あたしも! アルル、クルル、もう一度声を出して!」

 フェミの注文にクルルが朗らかな声で答えた。

「フェミ、あたし、話せるようになったよ。歌も歌えるよ」

「クルルだけじゃない。僕も話せるんだよ」

 それからまた、皆で大騒ぎになった。

 夜会には、しかるべき服装で行かなくてはならないから、そう言ってレリッシュは皆を町の貸衣装屋かしいしょうやにつれて行くと宣言した。

「みんなおしゃれしなくちゃね。レノー、あんたもだよ。もとクフィーニスちゃん」

 レノーはその時よそを向いていた。自分たちにこんなに何度も奇跡がおとずれることについて、彼なりに考えているところだった。

「レリッシュ。ほんとうに、ありがとう」

「かた苦しいお礼はいらないよ。あたしにしか出来ないことをアルルとクルルにしてあげただけ」

 アルルがめったに見せない笑顔で言った。

「どうひかえめに見ても、レリッシュ、あなたが最高の歌姫だよ」

 ありがと、と言って歌姫はアルルの頬に口づけをした。

「あたしにも」

 クルルも頬を差し出した。アルルはさらにこうも言った。

「クルル、僕がトーンドーンで見たものは、きっとこれだったんだ。金色の河口で、僕は僕たちが言葉を話せるようになるのを見ていたんだ」

「金色の河口。きれいだったね。アルル」

 ペタリンたちは抱きしめ合った。

「うん、あたしも、レノーと抱き合いたい」

「そっか、そうだね。みんないっしょに。ペタリンたちと抱き合おう」

 アルルとクルルをフェミとレノーが両腕を広げて包み、腕をまわした。

「俺たち、うまく行ってるよな。きっと、これからもずっと」

「そうだよ。あたしたちが組めば最強だよ」

「それ僕のセリフ」

「あたし、うれしくて、涙が出ちゃって」

「ほらほら、時間がないんだから。みんな支度して。衣装を借りに行くよ」

 母親のような歌姫に、馬車が参りました、とマーモが告げた。

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