第5話 ペタリン
「おい、お前」
無言。
「いまはお前を信じて
ペタペタ。
「とっととこの沼地のはずれまで俺を連れて行かないと」
ペタペタ。
「その辺の
そいつはちょっと振り返り、赤い目でレノーをにらみつけた。
(やれやれ、でもこいつのおかげでちょっとほっとした。不気味な生き物だけれども)
二人は、いや何と呼べばいいのか、
どこからか人のいびきのような声が聞こえて来る。よく見るとこいつとうり二つの変な生き物が、樹と地面との間に
レノーはちょっと考えてみた。
(取り合えずすぐに命にかかわることはなさそうだけれども、この連中はまだ他にもいるのではないだろうか? 助けてやれば何か見返りを期待できるかも知れないが、俺を
レノーは
あの時と同じだ。ほぼ同時に現実の幹が折れて岩の向こうに
レノーはクフィーニスの能力を改めて体験して、樹は折れたけど生き物は傷つかなかった、と胸に刻みこんだ。
(俺はたしかにクフィーニスだ。呪われた力——しかしその力であいつらを助けたんだ)
ペタペタ逃げて行った連中の向かった方へレノーが行く頃には、夜明けが近づいていることを知らせるように鳥のさえずりが聞こえ、たいまつはもうつける必要がなかった。
沼地——いや、もうそこは危険な沼地ではなかった。明らかに道が続いていて、周囲の樹もまばらになり、やがて前方に丘が見えてきた。レノーは助かったのだ。
(やっと沼地を脱した、でも、あいつがいなかったならどうなっただろう?)
彼とあの連中とは、お互いにとって奇妙な恩人だったが、あんな風に連中が逃げて行ってしまったからには、もう二度と会うことは出来ないのかもしれない。
(干し肉の一つでもあげればよかった)
それでやっと、彼は自分が空腹で、ひどく眠いのに気がついた。後ろを振り返ると、
うら
美しい女が死者の霊をなぐさめる、とも聞いている。
(だがこれは、
丘を登るにつれ、前に広がる景色と、背後の沼地やいまでははるか遠くになってしまった山々との
色とりどりの花が
(ここではクフィーニスの力は使えないな)、彼は自分が久しぶりに微笑んでいるのに気がつかなかった。
(果樹園か、でもなぜだれも見当たらないのだろう。いや俺は助かったんだ、今は
彼はまだ若く、子供なのだ。おまけに腹も空かせている。沼地の危機を脱したという思いは彼をとても楽にさせた。
見たこともない
(十個でも食べられそうだ。生き返る思いがする。つい笑い声が
持っていたかじりかけの実を一つ、沼地に向かって思い切り遠くへと放り投げた。
(これでもくらえ。そうだ、沼地の樹を残さずクフィーニスの力で倒してやればよかった。だれもいない。ペタリンも人もいない)
「おーい」
彼は叫んだ。
「俺はここにいるぞぉっ」
目が回る。よろめきながら
(町はどこだろう?)
突然
(地面が冷たいな、水……)
レノーはもう目を開いていられなかった。朝日が丘を照らし出し、いくつかの影が彼を取り巻いた時には、彼はもうすっかり眠り込んでいた。
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