第12話 逃走(その1)

 降り出した雨の中をレノーはけていた。ヨルはレノーを見送り、道まで出ていたが、振りかえって見ると、急いで町のどこかへと、大声を出しながら行くのがわかった。


 (アルルとクルルはどこだ?)


 急がなくてはならなかった。ちがいになる可能性もある。

 彼はかさを持っていなかった。顔も服も、すぐにずぶれになる。まつから雨粒あまつぶしたたらせながら、前後左右に目を向ける。


 (ペタリンの姿はどこにもない。自分だって荷馬車に乗ってダグラに来た、その道を逆にたどっていることしかわからない)


 空も地表も薄暗かった。もう日が暮れるのかもしれない。夜になったら、アルルにもクルルにも会えなくなってしまう。


 (街道から分かれる道があったはずだ、どちらへ行くべきだろう? 十中八九じゅっちゅうはっく追手おってがやって来るだろう。ペタリンにそれもげなくてはならないし、カヌウのことも心配だ。早くペタリンを見つけて、だれにも見られずに森へ入り、カヌウの村に戻らなければ)


 しかし時刻と雨のため視界しかいはきかず、あまり速度を出して走るわけにもいかなかった。


 (まだ自分は悪夢の中にいるんだ)


 レノーは自分が雨の中を走る姿を、上空から見つめるように思いえがいていた。やがて最初の分岐点ぶんきてんまで来て彼は考える、(こんな急なのぼざかをあの馬車が行ったとは、ペタリンも考えないだろう)。——通り過ぎた。


 (追手おってはどこまで来るだろうか? ダグラの先の町にもアヌサにも情報が回ってしまえば、もうどこにも行けなくなるかも知れない)


「アルル! クルル!」

 レノーは大声を張り上げた。返事はないし、雨音あまおとはげしくなって来ている。


 (ペタリンがカヌウの村に帰っているとは考えたくない。きっとどこかで俺を待っているはずだ。まさか、もうダグラに着いていたとか? ありうる。でももう戻ることは出来ない)


れた袋が重い。中の火打石ひうちいしにきちんと油紙あぶらがみをかぶせておきたいが、そんな余裕はない。追手おっては何組かに分かれてやって来るだろう。一番速いのがアヌサまで行き、次に速いのが遠くの分岐点ぶんきてんへ、次が近くの分岐点ぶんきてんへと……。事態じたい深刻しんこくだ)、とレノーも認めざるをなかった。


 (俺一人で逃げるか? だとしたら、アヌサはだめだ。どこへ行くのかもわからずに、知らない道をたどって、わずかな金と赤い手で「あかし」を探す? 無理だ。いまのうちに、カヌウの村へいったん帰った方がいい。ペタリンたちは自分たちで村に帰るだろう。——本当に?)


 しかめつらをして目を見開き、前を、過ぎ去って行く左右を、追手おってが来るかもしれない後ろを、時々れた手で目をぬぐいながら何度も見る。だれも視界しかいにははいらない。荷馬車の音がしたような気がときおりする。自分以外の者の走る音がしたような気もしょっちゅうだ。

 少なくともペタリンはいない。次の分岐点ぶんきてんがなかなか来ない。その前に、結論を出さなくてはならない。何かのひびく音が聞こえる。雨の降りはより強くなり、それが複数の馬のけるひづめの音だと気づくのに少し時間がかかる。向こうに橋が見えている。そこに橋があることに、さっきから気づいていた。


 (落ち着け)


 あまり振り返らないようにしながら、橋のそばまで走り、それから歩みをゆるめた。とぼとぼ歩いて、二頭の馬に乗った男たちが叫び声を上げるまで、後ろを見なかった。


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