第11話 ダグラ

 日差ひざしはうすく、三人の影はほとんど道にうつらなかった。町はなかなか見えて来なかった。レノーはペタリンに知らないことをいろいろと教えてもらいながら歩いていた。アルルもクルルもたくさんのことを知っているように聞こえた。


 トロムトロは二人で一つ食べるのがちょうどいいとか、この国のどこかに金色きんいろの海があるとか、眠れない時は「とき」座の十二の星を何度も数えるといいとか、アルルは野菜と果物好きでクルルは魚好きとか、都には有名な歌姫がいてクルルもぜひ歌姫に会ってみたい歌を教わるのだとか、「イカルカ」に行けば私たちも人間になれるとか、レノーは子供のくせに生意気だカヌウを見習いなさいあの人は子供の時から大人だったにちがいないとか、アヌサみたいなちっぽけな町に「あかし」なんか落ちているはずがない落ちていたらとっくに誰かにひろわれているとか、こんな日は焼き立ての小魚がぴったり来るとか、ペタリンたちはどうやら重要なことは何も知らないのだとレノーが納得なっとくする頃になってもまだ町は見えて来なかった。


「それで結局、ダグラまであとどのくらいなんだい? アルルにクルル」

 二人のペタリンは赤い目をして首を横に振った。


 (そうか、やはり知らないんだな。まあいいか、この二人はもう役に立ってくれているんだし。たよってばかりじゃ「あかし」なんか見つからないだろうし)


「アルル、クルル、森ではありがとう」

 もう一度礼を言ったが、ペタリンは山側へあわただしく走って行って腰を下ろした。レノーを手ぶりで呼ぶ。こんな場所で休憩かと困惑こんわくしていると、歩いてきた方角から何かが近づいて来るようだ。レノーはペタリンのそばに腰を下ろした。水を少し飲む。しばらくしてやって来たのは荷馬車にばしゃだった。御者ぎょしゃ荷台にだいに乗った男と話している。


「あれじゃ実際、不用心ぶようじんだと思わねえか? ワル」

「そりゃあ思ったさ。よそ者にとっちゃ天国さ。特に、悪だくみしてるような奴にとっちゃあな。ヨル、なんか、におわねえか?」

 御者ぎょしゃ荷台にだいの男もこちらを見つめている。

「そうだな、盗賊とうぞくに知られたらことだ」

 ヨル、と呼ばれていた御者ぎょしゃが声をかけて来た。

「旅の方々かな? あっ」

 二人の男たちはペタリンを見て何かをささやきわしている。

「あれ、ドブシャリじゃねえか?」

「俺はドブシャリ見るの初めて」

「ドブシャリ飼う奴の話なんて聞いたことねえぞ」

 馬車はレノーたちを追い越して止まった。おずおずとレノーにたずねる。

「こんにちは。その、飼ってるの? その……生き物を」

「そうですよ、これはかしこい連中でね。こっちがクルルでそっちがアルルと云います」

「あんた、まだ子供だろ? どっから来た?」

「親の使いで……厄介やっかいやまいにかかっていて」

「だれが」

「親が」


 不審ふしんそうな顔をした連中に、ダグラに薬屋はあるかとき、さらにその先に大きな薬屋のある町はあるかとたずねた。あるにはあるが町は遠いし薬は高い、という話だった。では仕方しかたない、ダグラにはたらぐちはありますか、ともう一度レノーが質問してみると、何だ、出稼でかせぎか、なら何かあるだろ、荷台に乗って行け、とさそってくれた。


「ドブシャリはだめだぞ。走って来させるんだ。いいだろ?」

 アルルとクルルはだまっていた。


 町へ入る道、と言うと、少しはきれいにならされているものかとレノーは考えていたが、ダグラはそうではなかった。門もなく、殺風景さっぷうけいで、雑草がぼうぼうえている。馬車のわだちの跡がいくほんも土の地面についている。しかしそこはたしかに町らしく、赤レンガの家がポつりぽつり建っている。ヨルはレノーとワルを乗せた馬車をとある家の前で止めて、彼は二人にうながされて馬車から降りた。


 ペタリンたちはまだ着いていなかった。「いびき」をかきながら馬車を追いかけるアルルとクルルにかまわずに馬車は速度を上げ、置き去りにしてしまったのである。レノーが馬車を止めるようたのんでも聞いてもらえなかった。

「ドブシャリだろ」

 そうき捨てるようにワルが言った。

「ほっといてもついて来るさ。あんた、ドブシャリに服なんか着せて、どういうつもりだ」


 レノーはアルルとクルルをどう弁護べんごしていいのかわからなかった。カヌウからはペタリンが人の言葉がわかることをせておくように、と言われているのである。

 この町までおおむね一本道だった。しかし分岐点ぶんきてんはいくつかあったし、どこにもダグラを標識ひょうしきなどは立っていなかった。途中で大きな川にかけられた橋を渡ったが、そこも通り過ぎ、待つこともしなかった。ペタリンが金を持っているとは考えにくかったし、もともとだれからか逃げている途中でカヌウに会った二人だから、レノーは心配だった。


「ドブシャリって呼ぶんですか?」

「ドブシャリでなきゃ何だって言うんだ? お前、知ってて飼っているんだろう?」

「俺はペタリンと呼んでいるので」

 レノーは言いわけをした。その後ワルと別れ、ヨルの家へ連れて行かれた。二人はアヌサの先の小さな村まで、あるものを届けに行った帰りだと聞かされた。ヨルは一人暮らしだった。

「ちょっとしたかせぎになるんだよ。ごらんとおり俺は一人者ひとりものだ。たっぷりあそべるってわけよ」


 彼の部屋はひどく散らかっていたので、レノーは何かいやな予感がした。

「お客が来たのにこんなに散らかっていちゃなあ」

 ヨルはレノーをちらちら見た。レノーは馬車にのせてもらったお礼に、部屋の片づけを手伝うことを申し出るしかなかった。

 それはそこ、あれはあそことヨルの命ずるがままに、レノーは重いものを持ち上げてはこんだり、んだりした。うまいこと言われて使われている、でも辛抱しんぼうするしかなかった。


 ヨルの家は二階建にかいだてで、さして大きくもなかったが、ボロやガラクタのたぐいでいっぱいだった。ブドウでこさえた酒を飲み、干し肉をかじりながら、ヨルはレノーには何も与えず、いつになってももういい、とは言わなかった。


 (俺はいったい、ここで何をしているのだろう)


 レノーはアルルとクルルをむかえに行く、と言ってボロ小屋ごやから逃げ出そうとした。

「大丈夫だって。それより風呂をかしてくれ。レノーも入れよ。な? な?」


 (まずい。赤い手と腕を見せるわけにはいかない)


 うつむき加減かげん包帯ほうたいの巻かれた両手を見つめてしまった。

「何だ? その手、どうした?」

火傷やけどしたんです。水仕事みずしごととか出来なくて」

 レノーはつとめて残念ざんねんそうに言った。ヨルはがっかりした顔をして、ちらちらとレノーの手を見つめた。

手袋てぶくろでもあればなぁ。でも、手袋しても痛いだろうなぁ」

 すみませんが、とレノーは言った。

「やはりアルルとクルルが心配です。探しに行きます」

「そうか、ちっ。皿洗さらあらいでも紹介してやろうと思ったのにな」

 すみません、とレノーはもう一度あやまった。

「わかった。ところでお前、赤い手をした男を知らないか?」

 レノーの神経は一度にめ、彼の身体からだを青白いものが走った。背丈せたけがこんなんで、髪が長くて、頭の後ろでわえていて、いつも長袖ながそでを着ていて……。


(カヌウだ)


「知りません」

 レノーはとぼけるしかなかった。


 (クフィーニスという言葉を出したほうがいいのか、気づかないふりをするべきなのか?)


 ヨルはレノーのことをどう思ったのか、彼が荷物を持って出て行くのをじっと見つめていたが、最後にもう一つ質問を、した。

「レノー、薬を探しているんだって? 『あかし』じゃないだろうな」


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