第13話 逃走(その2)

「おーい。待てぇ」

 先頭の馬にまたがった男が間の抜けた声を張り上げる。ヨルだった。もう一人はワルではなく、知らない男だった。レノーもずぶれだったが、男たちも人相にんそうが変わっていた。

「さっきはどうも」

 レノーが落ち着いてあいさつするとヨルは何かを言いかけ、もう一人を振り返った。二人の背や腰に弓と矢が、ヨルの馬の胴体どうたい手槍てやりがくくり付けられているのが見て取れた。ヨルは向き直ると心配そうな声でたずねた。

「レノー、どうして逃げるんだ?」

「逃げているんじゃないですよ。ペタリンたちを探しているんです」

「あれからこんな所まできているなんて、やけに急ぐじゃないか」

「俺は足が速いのがなんですよ。それに、雨がひどいですし」

 レノーはつとめてさりげなく言った、雨の中を傘もなしに走り続けるのはいつものことだ、そんな顔をして。

「ドブシャリはどうした?」

 ペタリンたちとははぐれてしまったままだ、と簡潔かんけつに答えた。もう一人がいきなり弓矢をかまえた。

「後ろを向け。荷物と弓矢を下に置け」

 弓矢をかまえる連中はいつも同じだ、とレノーは舌打したうちした。イーファンとレジーを思い出す。


 (彼は無事ぶじだろうか?)


 ヨルたち二人は馬をりた。

「大事な荷物だから,出来ない」

 ヨルが手槍てやりをかまえて命令した。

「早くしろ」


 (もうこれまで、か。が、後ろを向いたらされるのではないか?)


 この男たちをクフィーニスのちからでいま倒すわけにはいかなかった。


 (まだ俺はクフィーニスだとはっきり知られてはいない)


 レジーの袋とカヌウの弓と数本の矢をゆっくりと地面に置き、レノーは男たちに背を向けた。雨のせいか、川の流れは来た時よりも速いような気がする。ヨルが荷物をしらべ始めた。


 (ひどいやり方だ、まるで山賊さんぞくじゃないか)


あやしいものは何もないな。おっ、ガキのくせにトロムトロ持ってやがる。まあ、いただきだな」

 もう一人はそれだけではすまさなかった。

「そでをまくれ。両腕だ」


 (まずい。これで赤い手を見られたら、矢を放つつもりだ。きっと手槍てやりも背中に突き立てられるだろう)


 レノーは川までの距離を目ではかった。ほんの数歩すうほ


 (運がよければ、川に飛び込んで助かるかもしれない。でも、もっと運がよくなければ、溺死できしするだろう。ただ、どのくらい深いのかがわからない。この橋をこわすことは出来できるのだろうか? カヌウは巨大ながけ破壊はかいした、と言った。俺はほんの三十数本のだけだ)


「早くしろ」

 その時レノーは思いついたことがあった。

「何のためなんですか?」

 そう言いながらまた男たちに正面を向けた。男たちがあわててまた理不尽りふじんな命令をくだすその声を凌駕りょうがするように、レノーも大声を出した。


「ふざけるなこの盗賊とうぞくども!」


 ほんのわずかながあればよかった。ヨルのかまえた手槍てやり穂先ほさき、もう一人のかまえた矢じりが、ポロリと折れて落ちた。あとは走って川に飛び込むことだ。男たちの怒声どせいを聞きながら振り向きざまに走り出したその瞬間。


 川から何か黒いものがものすごい勢いで飛び出して来た。手槍てやりわって弓矢を背中から下ろそうとしていたヨルが吹き飛んだ。ほとんど同時に、もう一つの黒い影が川から飛び出して残った男を打ち飛ばした。あっけにとられて見ていると、その二つの黒い影はきゅるきゅる声を出して、そのへんにいて逃げ出そうとしていた二頭の馬を呼び寄せてつかまえるとそれぞれの上に飛び乗った。アルルとクルルだった。


 あばれようとする馬の耳元みみもとに二人がまたそれぞれきゅるきゅる声を吹き込むと、二頭の馬はおとなしくなった。ギャバギャバわめいてレノーを呼ぶ。急いで荷物と弓矢を背負せおうと、クルルのほうに飛び乗った。


「すごいぞ、アルル、クルル! 行こう!」


 ヨルたちは気を失っているようだった。三人は雨が降りしきる中をアヌサの方角へと馬を走らせた。


 雨は止み、夜がりてからのこと、三人は馬の手綱たづなを近くのに結び付けて、そのかげで息をひそめていた。たいまつをつけることは出来なかった。街道からはずれた森のそばに、たくさんのたいまつがうごめいている。


 (何があったのだろう)


 そこは今日三人が森から出てきたあたりだった。ペタリンの言うことはわからないし、暗くて文字は読めない。レノーはもどかしくてしかたがなかった。


 (森にはヨクノムがいるし、カヌウは頭がいい。彼の無事ぶじいのってこのまま街道を進むしかない。ダグラからの追手おって、アヌサをいやがるペタリン。カヌウの村に帰るのは後回あとまわしにして、ここは出来できるだけ早くアヌサの先へと逃げることだ)


 そんなことを考えながらアルルとクルルがわえた手綱たづなをほどいているのを見てみると、二人は突然馬のおしりをたたいて放してしまった。

「何してるの⁉」

 レノーはびっくりして二人を小さなさけび声でしかった。ペタリンたちはレノーのれた上着うわぎのすそをにぎり、彼を引っぱって歩き出す。


 (どういうことなのだろう?)


 たいまつのれを見つめながら速足はやあしで歩いた。


 (炎をかかげた者たちが森の中へと入って行く! ヨクノムがうまく追い払ってくれるといいが。トロムトロでまだ酔っていたなら、だめかも知れない)


「少し走ろう」

 レノーはささやいた。


 (また走るのかとうんざりするが、命がかかっている。アヌサまでの街道で、だれかに会うのが心配だったけれども、とにかく急ぐことだ。しかし森の探索たんさくをするにしても、なぜ夜なのだろう? 俺たちが森から出てくるところを、だれかに見られたのだろうか?)


 その可能性は高いと思った。


 (ダグラからの追手おっては、まだここまでは来ていないはずだ)


 ペタリンたちと話し合いたかったが、、がまんした。


 (俺はいま走るしかのうがないんだ)


 道の山側やまがわを走ることにしていた。ペタリンは夜目よめがきくらしく、前と後ろを走ってもらっている。どうやっているんだか、二人はペタぺタいう音を立てずに走っている。

 アヌサは街道沿いの町ではなく、街道から分かれた道を行った場所にあるらしかった。すでに三人はその分岐点ぶんきてんを越えていた。道標みちしるべに矢印と「アヌサ」の文字を見たのではなく、分かれた道のずっと先にいくつかの明かりがともされていたのでそれとわかったのだ。


 (早く、もっと先へ、だれにも見つからないように)


 アルルもクルルも一定の速度で走り続けていた。だんだん息が上がって来たらしく、いびきみたいな声を出してあえぎ始めた。

「がんばれよ、アルルにクルル」

 レノーも今日は走ってばかりで、どこかで休みたかった。


 (自分だって息が乱れている。登りになった道を、一生懸命いっしょうけんめい走っている)


 そしてしばらくけた所でアルルが急に立ち止まり、クルルの方を見てギャバギャバ言った。レノーはアルルにぶつかりかけ、振り返ってその火を見た。

 森の遠くが、燃えている。


 (ここからカヌウの村は見えないが、ヨクノムの住むズンドウの森が炎に包まれている。それともあれは、カヌウの村なのか?)


「落ち着け、二人とも」

 しかしレノーも気が気ではなかった。クルルがきゅーんと鳴いた。


 (これはおそらくひどい騒ぎになる。騒ぎになって、いま見つけられていないとしても、いずれはカヌウの村も発見され、彼がクフィーニスであることをあばかれれば、彼はすぐにでも殺されてしまうだろう)


 アルルとクルルの手をレノーはにぎりしめた。二人も強くにぎり返す。

 ペタリンたちの目は赤く光り、それはあの森の炎をうつしているように見えた。

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