第14話 春からの贈り物(その1)

 ムネの町はにぎわっていた。今日はハルカの祝日しゅくじつだ。通りをう者は皆、胸や帽子に桃色の花をつけて歩いている。町のあちこちに夏の到来とうらいを祝って、しかし春の花をかわかしたものをくばむすめたちの姿が見受けられる。

 春のよそおいをした娘と初夏のかっこうをした娘とがくみになって、明るい声で花を売り歩く。

「ハルカ?」とたずねれば娘たちは笑顔で、かわかして桃色になった花を渡してくれる。

 一本が十コマ、それが相場そうばだ。フェミも今日は朝からはりきって、大きなかごいっぱいの花を売り続けていた。フェミは春にぴったりの、柔らかい中間色ちゅうかんしょくのドレスを着ていた。いっしょにかごを持つクララが原色げんしょくの、男の子っぽい服装をしているのと対照的たいしょうてきだ。

「ハルカ?」

 子連こづれの女性が声をかけて来た。

「おめでとうございます。何本にしましょうか?」

「三本ね。大きいのがいいわ」

「あたしたちのはみんな大きいだけじゃなく、色もいいんですよ」

 クララが花を紙にくるんで女に手渡すあいだ、フェミはかごを一人で持たなくてはならなかった。これでまた三十コマ。

「ありがとうございます」

 ふつうは春の娘が花を渡し、夏の娘が金を受け取る。でもフェミたちはそんなこまかいことを気にしたりしなかった。もうかごの中の花は少ししか入っていない。クララと話し合って目標を五百本にしていた。まだ陽が高いのに、もう五百本近く売りさばいたことになる。

 花屋に戻ればまたかごをいっぱいに出来る。

「六百、行けるんじゃない?」

 フェミとクララは明るい声で笑い合った。フェミはムネの町が気に入っていた。たくさんの店、若者も多く、年寄りも皆親しみやすい。


 フェミはこの冬、遠い北の村から出て来たばかりだった。花屋のの見習いとして働いていたが、フェミには客がよくついた。クララは花屋の一人娘ひとりむすめで、フェミと気が合った。まだ出会ってから三カ月ほどだ。

 しかし二人とも十四歳であることが、お互いを親友とするのにたいした時間をようさなかった。フェミについてたくさんのことをクララはもう知っていた。フェミだって同じことだ。クララは若い男と見ると品定しなさだめをした。あれは体形が悪い、あれはおやじみたい、とずばずば切り捨てる。あっあの人かっこいい、というのを聞いて目を向けると、たいていは体や衣服ではなく顔立ちがかわいらしい男がいる。クララはそういう意味で面食めんくいだ。


 (でもあたしなら、選ぶんじゃない、会えばわかる、あたしの恋人に)


 二人で手に下げたかごには一本の花が入っている。フェミはその花が種から芽を出して大きくなり、葉を出してつぼみを付け、咲いてから日陰ひかげかわかされた様子ようすを、ずっと見て来たよりもはっきりと見ていた。


 このちからのことは、だれにも話していない。フェミを育ててくれた、郷里きょうりにいるヨサだけは知っている。ヨサはだれにも知られてはいけない、とフェミにしつこいくらいねんを押したのだ。


 それが出来できるようになったのは、もう四年も前の春のことだ。フェミはヨサのそばにいて手伝いをしていた。庭の花壇かだんにとつぜんたくさんのが出てゆらゆらくきびて、葉がえ大きくなって花が咲くのを見た。それだけでは終わらなかった。花々が今度はしおれてうなだれ、れるのも見続けたのだ。何本もの草花が、咲いては枯れ、また咲くのをフェミは見たままにヨサに話した。そしてくぎを刺されたのだ。


「それはとくにおかしな力ではない、でもぜったい人に話しちゃダメ」


 もう一度花壇かだんを見ると、花壇かだんにはまだほとんど花なんか咲いてはいなかった。

 フェミはヨサの言い付けを守った。それがまず自分だけの力であると気づくまで、たいした時間はかからなかった。そして花や草木くさき、木の実は「見えて」も、人や動物の過去や未来は見えなかった。


 ただ、これも特別なちからかも知れない、と思うことはある。フェミはいつからか夢に見始めた、一人の少年のことを忘れられなかった。

 雪の中で、彼が前にした樹々きぎが何本もけて倒れ、なだれが起きて彼はのぼる。樹々が谷に流されても少年は樹から降りて来ない。

 彼の銀色の髪、おびえて見開かれた大きな目、きゃしゃな身体からだ

 一度ではなく、フェミはその夢を何度も見た。


 (きっとわかる、この人と会えば)


 その夢を見た朝は、起きてからしばらくの間、少年の顔かたちを思い返している。いつか会える、と希望を持つようになるまでしばらくの間があった。ただの夢だと反省していたのだ。しかし、意味のないことなんてないのだと彼女は強く思い直してから、少年の存在を信じることにした。


 クララには、あたしの恋人は木こりよ、ふふ、と冗談みたいに言っておいた。たくましい若者を想像したクララを誤解ごかいさせたままにしてある。フェミはおさげの似合にあう、ほんわかした女の子だった。とかく子供扱こどもあつかいをされるが、そんなにおさない子供ではない。友達の間では、フェミもけっこうすみけない、といううわさだった。


 フェミは自分がヨサの娘ではなく、孤児こじであることを知っていた。人にはみな、暗い面があることをよくわかっている。どれほど偏見へんけんから来る悪意あくいにさらされて来ただろう。しかしどんな誹謗ひぼう中傷ちゅうしょうにも、彼女はその微笑ほほえみでたたかってきた。微笑ほほえみは彼女の強い武器だった。


 だれもがフェミの微笑ほほえみに影響えいきょうされた。彼女を悪く言う者でさえ、その笑みで返されると居心地いごこちが悪くなるのがいつものことだった。とくべつ美人とかきれいな少女ではないけれども、フェミと仲良くしたがる人たちはたくさんいた。彼女の笑顔と笑う声には人々が求める何かがあった。

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