第15話  春からの贈り物(その2) 

 花屋に戻ってみると、そこも客でいっぱいだった。クララの母親も機嫌きげんがよさそうだ。

「またもうなくなったの? 早いわねぇ。やっぱりフェミちゃんが売るとちがうのね」

クララがちょっとふくれて、あたしだって売っているのよ、と文句を言う。かごの中に花のたばを入れながら、まぁフェミには負けるけど、とみとめている。クララの母親は、服を着たドブシャリがうろついているらしいから気をつけなさい、と注意した。


 (ドブシャリ!)


 フェミはまだドブシャリを見たことがなかった。ドブシャリは薄汚うすぎたないコソどろだと言われている。どぶさらいもするらしい。何でも食べる。偏平足へんぺいそくで腕につばさがついていて、頭には先に丸い玉の付いた触角しょっかくみたいなのがえていてガラガラ声で……。その姿を想像してみると、あまりいい感じではなかった。目なんて赤くて細長いらしい。


 (クララはドブシャリなんか気にしていないみたいだけど、あたしは一度、見てみたい)


フェミはまたクララと二人でかごを下げ、花を売りに出かけた。

「ほんとにいい天気。そよ風が気持ちいいわ」

 フェミが言った。しかしクララの返事はなかった。

「あいつ……ミリセントだ。こっちに来る」

 フェミをきらっている娘だ。父親は前の町長だった。背が高く気取きどり屋で、人を見下した態度たいどをとるのでみなきらわれていた。

「フェミじゃない。花屋の娘と、きれいな花のやくってわけ? よく似合ってるわ」

 ミリセントは都の歌姫のような服装をしていた。金色きんいろのウィッグまでかぶっている。

「ミリセント、どこの舞台ぶたいから逃げ出してきたの? 早く戻らないとまくりるわよ」

 そう言ってクララはフェミに、行こう、とうながした。

「ハルカ?」

 二人のうしろからミリセントがはっした言葉だった。まるで命令しているみたいに聞こえた。

 二人は無視むししようとした。

「聞こえないの? ハルカ?」

 仕方なく二人は足を止めて振り返った。

「小さくて形と色の一番いい奴を」

「何本?」

 クララがぶっきらぼうに言い放った。

「『何本にいたしましょうか』でしょう? 一本に決まっているじゃない」

 にらみ合う二人にフェミがってはいった。

もと町長の娘のミリセントさんは花を一本御所望ごしょもうですね。小さくて形と色の一番いいものを。おめでとうございます。すてきな夏になりますように」

 そう言って花をミリセントに手渡した。

「あら、何これ。ずいぶんいじけた花だこと」

「何ですって」

 くってかかろうとしたクララをまたフェミがさえぎった。

「よくお似合にあいですよ。十コマになりまぁす」

 ミリセントがフェミをにらみつけた。フェミはにっこり微笑ほほえんだ。ミリセントは何か言おうとした。が、言えなかった。

「ふん」

 ミリセントは十コマ銀貨を突き出して支払った。薄汚うすよごれた銀貨だった。

「ありがとうございまぁす。またどうぞ」

 くやしそうな顔をしているもと町長の娘を残して、フェミたちはハルカの娘たちに戻った。市場いちばをめざして歩きながら、クララはまだぶちぶち言っている。

「あんなのの父親が前の町長だなんて。えらそーに。ぶちぶち、ぶちぶち。あたしゃ花屋の娘でよかったわよ。あっあの子かっこいい」

 フェミは安堵あんどの笑みを浮かべた。


 (クララはあたしを大事に思ってくれている。あたしもクララが好きだ。花は売れているし、天気もいい。祭りなんだから。楽しもう)


 ハルカ、ハルカ、と問われるたびに二人は笑顔で花を売った。


 (ムネの人々は花が好きだ。都へ行ったって、こんなに売れないだろう。胸や背中、肩や靴にまで花をかざる人たちもいた。こうして花とお金をやり取りするのがこの町では大事なことなんだ、あちこちの町からも人が集まって来る。あたしは人の笑顔を見るのが好き)


 七百五十本を売ったところで売り上げが落ち始めた。夜になると献花けんかおこなわれる。売れ残った花、あまった花、旅人の気まぐれからささげられる花。公園通りはどこも花でいっぱいになる。


 (たくさんの明かりをつけて、飲み物や食べ物、いろいろの屋台やたい露店ろてんも並んで、そうしたらあたしもクララも遊びほうけるんだ。それなのに……)


 フェミはちょっとした孤独感こどくかんにつつまれた。クララがいても、ヨサがいてさえ、ずっと前からなくならなかった感覚だ。


 (あたしはいったい、どこから来たんだろう? どうしてこんな力を持っているの? それを他人に話したら、どうなるの?)


 記憶きおくにない両親に会いたかった。ヨサにはいてはいけないと自制じせいしていた。誰にも打ち明けられない悩みを持つことは、とてもつらかった。


 (でもその気持ちにひたってしまっては、だめ)


「……ミ?」

 クララがいぶかしい表情でこちらを見ている。客が来ていた。あわてて愛想あいそうを取り戻して花を手渡てわたす。

「もう一本よ」

 あらそうでした、あなたにはきっと人の何倍もいい夏がやって来ますよ。そんな風につくろった。相手は老婆ろうばだった。あなたもいつまでも頭の中が春じゃいけないわよ、と言い残して立ち去った。


「どうしたの、フェミ」

「ううん、何でもない、もうだいじょうぶ」

「すごいわよ。あと三、四十本で八百本だよ」

「そんなに売れたんだ。でも、もう夕方だし」

「七千六百コマも売れればいいんじゃない?」

ちがうの。こんなに売れることって、まずないの。きっと、あたしたちが一番だよ」

「お金が入るのはいいけど、りょうよりしつだよ」

「そういう本人がボーっとしていたくせに」

 二人は笑い合った。


 (あれ?)


 その時フェミの目に何か気になるものがうつった。


 (何だろう? 変な帽子をかぶった、背の低い女がいる。何かがみょうだ。まわりの者が変な顔をしてその女を見つめている。おかしな歩き方だ。よく見ると、変な靴をいている。古着ふるぎを着ているみたいだけど……)


 見ているかぎりではどこにも花をかざっていないようだ。フェミの視線を追ったクララがすっとんきょうな声を上げた。

「まあ、あれ、ドブシャリじゃない!」


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