第42話 レリッシュ
眠っている間に、彼は身体がとても楽になっているのを発見した。自分はいま、薄い
(俺の赤い腕を、だれかが見たんだ)
開かれた窓から夏のそよ風が流れ込んだり、引いて行ったりしている。しかし気温は高く、部屋の中も外もかなり暑い。ベッドから下りて
ここは二階で、窓の下を老人が
あの
(だれかが俺をここに運び、俺がクフィーニスであることを偶然知ってしまった。それにしてはここには
白い
いくつかの扉が同じように開かれていて、明るい光が長い廊下を照らしている。
大小さまざまな絵が壁にかけられた部屋。さっき彼がいたのと同じような、ベッドの置かれた部屋。廊下の角を右に曲がると、まだ長い廊下はつづいている。途中、大きなおおきな吹き抜けから
廊下の突き当りには一つ、閉められた扉がある。階段を見つけると、彼は迷いながらも階下へと下りて行った。四十歳ほどに見える女が一人、ホールの片側の部屋で
ロロン、と音が鳴ったので、彼は女のいる方へ歩いて行った。一台のピアノを
「何か言うことはないのかねえ? まったく、あの人も
彼がここはどこかと
「洗って干してありますよ、ずいぶん汚れていたから」
しかし女は苦笑いをして、こうも言った。
「あなた、どこのだれなの? ほんとうに、クフィーニス? あの人を
めんどうをかけたのに、親切にしてくれてありがとう、そう礼を言って、彼はあの人とはだれのことかと三度質問した。
「そんなこと言えないわ。服が
帰り道がわからない、と彼は女に告げた。
「まあ、まあ。自分がだれかもわからないの?」
そういうことではない、自分のことはわかっていると彼は返事した。
「まさか、自分の家がないの? それとも旅の人なの?」
旅をしていると彼は答えた。女はさらに、彼の宿はどこかとか、
「マーモ。あの子もそこにいるの?」
小声で話しているのに、よく通った。
彼の前にあらわれたのは、一度見たら忘れられないほど風変わりな顔と髪をした女性だった。
「まあ、寝巻きが
「助けてくれて、ありがとう……俺はレノーといいます」
「いいのよ、礼なんて。レノー、私はレリッシュ」
レノーと礼とレリッシュ……。レリッシュはマーモに軽い食事を用意してと命じた。
「もちろんこの子の分もね」
マーモはすぐにホールの反対側へと消えた。
「レノー、こっちこっち」
レリッシュはピアノの方へ彼を
「ああ、あの笛ね? ピアノは
さわったこともありません、と彼はほんとうのところを答えた。
「じゃあ、あたしがだれかも知らないんだ?」
「ぜんぜん知りません」
レリッシュはうれしそうに微笑んだ。
「あたしはねぇ……そうだなぁ……
「………」
「よその国の
「………」
「実のところ、貴族の
「そうなんですか?」
あっあっあっ、と彼女は奇妙な
「あたしはレリッシュ。都の歌姫だよ」
この人が歌姫? レノーはもっと、上品そうな女性を想像していた。
「レリッシュ。あなたが歌姫なんですか?」
「う~ん。そうとも言える。それで、レノー。あなた、
レノーはまた顔を赤くした。
「十六で
突然レリッシュは歌い始めた。アグロウの詩だ。
チギレのアグロウ 気まぐれのあほう
民を守り 町を守った
ぜんぶ自分で殺すため!
ぜんぶ自分で壊すため!
フェミは教えてくれていなかったけれども、風変わりな
海を
チギレの町にうまれたアグロウ
気のいい
生きた時代が悪かった
国は他国と戦争中
「レノーも一緒に歌いなさいよ」
レリッシュはそう言うと、歌いながらピアノを弾き始めた。
「知らないんです」
レノーはそう言った。しかしレリッシュは聞いていなかった。
イガイガ兵はやって来た
ポンポコ国中襲われた
チギレの町も囲まれた
ポンポコ怒った男が一人
「ポンポコって何? レノー、歌わないの?」
「知らないんです」
ピアノの音がはじけて止んだ。あっあっあっ、とレリッシュはまた笑っている。
「クフィーニスなのに、知らないの?」
「知りません」
「何だ、つまらない。でも、おかしい」
マーモがやって来て、食事の用意が出来たと告げた。
「レノー、いっしょにポンポコ食べよう。『お客様、こちらですわよ』」
レノーは自分が都の奇妙な裏側の世界に入り込んでしまったことを意識していた。
都で最初に出来た知り合いが、歌劇場で
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