第2話 儀式

 中央広場には、大きなだんが設けられていた。だんを囲んで、ぐるりは席で埋められている。一カ所だけ、道が開けられていた。山を越えて街道に出る道だ。

 山と谷間の主立おもだった面々が、すでにちらほらと席に着いている。レノーの父と母の姿が見える。兄は彼を探しているのだろう、まだ広場に来ていなかった。


 レノーはコルーコというかげに隠れていた。木こりや漁師、大工やかじ屋たちが、それぞれの武器を手に集まって来る。深刻そうな顔をした者はほとんどいなかった。たあいない冗談を言って、笑い合う者までいた。レノーはたしかに、追われるドンの身の上だった。だんは「言祝ことほぎの場」と呼ばれていた。


 (何がコトホギだ、体のいい死の宣告だ)、と彼は歯噛はがみした。だれ一人、「あかし」を持ってここに帰って来たクフィーニスはいない。逃亡した者にしても、必ずしも生きびたわけではなかった。


 街道に出るには二つの道があり、彼が追いやられるのは、ほとんど一部の大人たちにしか知られていない、行き止まりと言ってもいい、沼地を通る道だった。沼には底がない、と言われていた。危険を無視した大人や子供たちが、いったい何人そこにまれてしまっただろう。運よく沼地を越えることができるのは、ごくわずかな者だけである。

 戻る時は安全な道を通ることが許されているけれども、「あかし」を持たぬかぎり、待っているのは死、だった。そして、これから始まるのろいの儀式ぎしき……。


 席はもう半分まり、だれもがレノーの逃亡をあざけっていた。彼の親友だったイファルナスまでがそう決めつけていた。それに調子を合わせている一人の少女の態度は、レノーをがっかりさせた。彼が心ひそかに恋をしていた娘は、レノーを臆病者おくびょうもの呼ばわりするイファルナスに肩を抱かれ、レノーの両親にひどくきついまなざしを投げかけていた。

 彼の両親はうなだれていた。逃亡はもちろん不名誉ふめいよ行為こういだった。レノーの代わりに、彼の兄がひどい目にあうだろう。レノーは、そうなるまで待ってはいなかった。コルーコの木陰こかげから歩み出ると、大きな声で叫んだ。


「俺はここにいます」


 辺りは一瞬静まり返り、やわらかなそよ風が人々のほほでた。ざわめきが戻り、がやがやした中をレノーはゆっくり、壇上だんじょうまで堂々と歩いた。彼の家族——両親と、やっと広場に現れた兄——の表情が、こおりついたようになった。山と谷間のおさをはじめ、数人の屈強くっきょうな男たちが彼をむかえた。


弁明べんめいをせよ」


 レノーは、家族にないしょで昨夜から一人姿を消したのはいけなかったが、逃亡するつもりはまったくなかったこと、集合の合図を聞いてこの広場にけつけたこと、しきたりにはしたがうことを言った。


「ならばよい」


 おさも他の者も寛容かんようだった。レノーを死のふちへと追いやる寛容さだったが。


「儀式を始める」


 明るい弦楽げんがくの音が鳴り響き、クフィーニスのが歌われた。


 聴こえるか? 緑の玻璃はりの空の下

 なんじ、呪われし者よ

 悪しき力にかれた者よ

 その指は木々をこおらせ 目はそれを石にする

 山をけずり 緑をうばった者よ

 なんじは山と谷間にはふさわしくない

 汝の名はクフィーニス

 出て行け、山と谷間から

 その呪いをいて

 「あかし」を見つけよ

 再び祭りが来るまでに


 歌が終わった。旋律せんりつはむしろ明るく、牧歌的ぼっかてきとさえ呼べた。

 見ていた者たちはそわそわして、何か足元を見まわしていた。おさがレノーに注意を与えた。もうわかっていることばかりだ。

 「あかし」を見つければ、次の祝祭の日までに戻ってもいいこと、次の祝祭は夏の終わりに行われること、「あかし」を持たずに帰れば、命を絶たれること。

 レノーはおさに、「あかし」とは何かをたずねた。それはどこかにあり、土地のやまいをいやすものだ、と長は答えた。

 続けて、赤い液体の入ったうつわを持ってこさせると、長はレノーの両腕を差し出させ、刷毛はけ赤々あかあかりたくった。この色はもう二度と落ちはしない。

 彼の母が手で顔をおおうのが視界に入った。父親は石ころをいくつも拾っている。それはレノーの兄も、だんを囲んだ者全員もしていることだった。何が起きるのか、彼にはよくわかっていた。


「行け」


 おさに命じられて、とうとう彼はだんりて行った。道は一本しかない。

 一つの石が足元に投げつけられて、こつり、と鳴った。また一つ、今度は彼の背中に当たった。彼は足を速めた。するとそれを合図にしたかのように、ぱらぱらと石の雨が彼の体に叩きつけてくる。レノーは真っ赤な両腕で頭をかばいながら、走り出した。

 大きい石から小さい石から飛んで来て、時には当たり所が悪くて痛みで立ち止まりかけた。だれもが石を投げてきた。父も、泣きながら母も、兄も石つぶてを投げてきた。

 みな口々くちぐちに何かを叫んでいた。クフィーニスめ、とか出て行け、とか、沼に沈んじまえとか、レノーはイファルナスの声も聞いた。


「レノー、二度と帰って来るな!」


 くやしかったけれども、レノーは逃げるほかなかった。


 (どうしてそこまで、なぜこんな目にあわなければならない?)


 走って逃げるレノーを、石を投げながら、みな追って来た。あちこち傷だらけになりながら、山を越える道を進む。全力で走れば、彼について来れる者はそうはいない。

 しかしその道の行く先々には、石を持って待ちかまえる者たちがいて、レノーが通りすぎるや否や、彼の背中に硬くてひどく痛いものを投げて来るのだった。出来できるだけすみやかに道を進むしかなかった。山はそれほど高くはない。だがレノーには、果てしない道程みちのりに思えた。


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