グリーン・フェニックス
羽音 彰麿
第1話 夏の誕生日(赤手)
淡い緑の匂いがそよ風に乗って
(自分の魂はだれにもうばわれはしない。ただやがて肉体が滅びると同時に、消えてなくなるだけだ)
レノーの運命はさだめられていた。彼は病におかされていた。その土地の病にかかった者は、祝祭の日に村を追い出される。レノーのように消えてゆくさだめの者は過去にもいた。村を追放されるまでどのように過ごすかは、病んだ者それぞれだった。運命に逆らいあらがう者、なされるままに受け入れる者、逃亡して
レノーは北の空を見あげた。十二の星々からなる「時の
自分だけの秘密の場所に彼はいるのだった。小さな谷を見下ろし、低い
一晩じゅう、この山や谷を、百のたいまつが、あるいは遠く駆け、あるいはじっと一カ所にとどまる者たちによってともされつづけていた。それらの炎の色あいも、星の輝きに似て、あざやかな山吹色だったものが、淡くさだかでない透き通った色をした、空気の揺らめきにうつろっていった。朝がおとずれた今では、あちこちの小屋からあがる白い煙が、燃えさかる炎がそこで消されたことを示すばかりだった。
(皆まだ自分の姿を探している、でもむだだ、結局自分からあの場所へ出て行くのだから)
レノーには逃亡するつもりはまったくなかった。ただ生まれ育った山や谷間での日々を思い起こし、自分の秘密の場所にいたかっただけだ。
空が割れるような、太鼓を打つ音が響き渡った。谷間にある中央広場に集まれ、という合図だ。たいまつをもよりの小屋で消した百人の追跡者たちが、レノーの
レノーも行動を起こした。秘密の場所から、だれも通らない道ならぬ道を全速力で駆け、だれよりも早く中央広場に行き着こうとした。途中流れの小さな川を飛び越え、畑を横切った。
祭りが終わると
(いまに自分は殺されるのだ、これまでに「あかし」を持ち帰った者など一人もいやしない。「あかし」ってなんだ? ——いや、それよりも……)
レノーは自分がクフィーニスになった日のことを思い出した。彼はまめに父や母の手伝いをこなす、平凡な少年だった。まだこの谷が白い冬に閉ざされていたある日のこと、彼は明け方から狩りに出かけていた。前日に仕掛けた
年かっこうの変わらぬ兄といっしょだった。一匹のドンの足跡をレノーが見つけた。林の中で樹の上にのぼったのだろう、追跡はそこまでだった。
兄が
灰色の曇り空、針葉樹の暗い、雪によってまだらに
振りかえった時、レノーはドンを見た。彼の裏をかいて、ドンはもと来た方へと戻ろうとしたのだ。すでにドンは樹から降りていた。ドンは高価な
レノーの狩りの能力を考えてみれば、追う必要はなかった。罠はいくつもあり、ドンはいずれそれにかかるかもしれない。だがドンをいま捕えたい。レノーの子供っぽい我意が勝った。人間が走って、素手でドンを捕まえられるわけもないのに。兄は年の割りに大人で、弓の名手だった。いちおう兄のいる方へとドンを追うけれども、自分が奴を捕まえるのだ。
ドンは
運よく美しい獣は兄のいると思われる方に逃げている。しかし……。
(樹がじゃまだ。樹がじゃまなんだ……。樹さえなくなればドンを捕まえられるんだ)
そのときそれが起こった。目の前にしている木々が真二つに裂けて倒れる、そのくっきりとした像がレノーの
そして山がうなりほえる声が聞こえ、レノーは樹木の立ち並ぶ背後へと走り、いちばん近くの樹に飛びつくと大急ぎでできるだけ高くそれに登った。すぐになだれがやって来た。だがそれは比較的小さななだれだった。
レノーのいた辺りは直撃をまぬかれたが、
兄はどうなっただろう? 白い煙が
ドンなどもうどうでもよかった。レノーは知っていた、それが土地の病で、自分がクフィーニスになったことを。一人
「あれを見ろ」
兄が指さす方を見やると、近くで二つに裂けた樹の枝の
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