第34話 リサク
「じゃりん子のころから、わしゃ馬車が好きじゃった。どこかの町で初めてそれを見た時、これじゃと思ったんじゃ。馬車はわしのあこがれじゃった。わしの両親はミルダムで農家をやっておった。貧しかった。わしは若いころ、
その話には条件がついとった、わしにはのめん条件がな。門番も兼ねて一人で小屋にすまんといけなかったんじゃ。その代わり、金もよかった。わしは断るつもりじゃった。それをシアリスが、行けって、そう言ってくれたんじゃ。金がたまったら、やめればいい、最高の馬車を買って、迎えに来て欲しい。最高に気持ちのいい言葉を言ってくれたんじゃ。わしゃうれしかった。主人になる商人にすぐに返事をしに行った、彼女と一緒に暮らすことも頼んでもみたんじゃ。それは断られてしもうた。結局わしはお抱えの
じゃが仕事は楽しかった。ピカピカの馬車じゃ。わしゃピカピカの馬車の
ところで、主人には娘がおった。送り迎えをするうちに、わしゃその子のことが好きになってしもうたんじゃ。じゃから、さっき馬車のことばかり考えとったと言ったのは間違いかも知れん。季節は過ぎて行きよった、わしゃ自分の夢にどんどん近づいとる、そう思っとった。そんなある日、主人はわしにシアリスを小屋に住まわせてもいいと言ってくれた。ところがわしは……わしゃ、断ってしもうたんじゃ。わしはその時、主人の娘と交際しとった、主人に隠れてな。愛欲をむさぼるということがどういうことか、お前たちにはわからんじゃろう。シアリスは一人で暮らしとった、友だちもおらずわしにも会えず……。冬の夜にシアリスからの使いだという小僧が小屋にやって来た、小僧っこはシアリスが病気だと言い、わしに会いたがってると伝えた。わしは迷った、じゃが行かなかった。むしろいまさら悪い気がして行けんかったんじゃ。寒い夜じゃった、ある日、またシアリスの使いが来た。
『シアリスが亡くなりかけている』
それを聞いた時、わしゃ主人の娘といっしょじゃった。娘はわしに行かないで欲しいと言った。行かせまいとした。じゃがわしは娘を押しのけてシアリスの部屋へと走った。シアリスはわしの顔を見るとよろこんで、わしに贈り物があると言った。ロブリの店に行けばわかると。そしてこう付け加えた。
『リサク、あなたの馬車はいつでも最高に気持ちのいい馬車よ。最高に気持ちのいい馬が引いてるの。そしてあなたは、最高に気持ちのいい
シアリスは亡くなった。じゃがわしは涙も流さんかったんじゃ。わしはいったん自分の小屋に帰った。そこに主人が待っておった。主人の娘が話してしまったんじゃ。わしはその場で首にされた。給料は半額しか渡されんかった……わしは文句も言えんかった。わしはシアリスの
残りの金でしかしわしは馬と
リサクの話を、皆静かに聞いていたが、やがてフェミが言った。
「知らなかった……そこまでくわしい話は、あたしも初めて聞いたから」
そうじゃろうとも、とリサクが返した。
「ここまで話したのは、お前さんたちが初めてなんじゃ」
クルルが書き付けを回した。
『
レノーがつぶやいた。
「リサクが捨ててしまった女性からの、贈り物、だったんだ……」
アルルはリサクに批判的だった。
『愛し合い、約束まで交わした相手を裏切るなんて……ひどいやり方だ、
「たしかにリサクはひどいことをしたかも知れない。でも、もうじゅうぶんその
「そうか……そうだな。都でまずみんなで働いて、お金を
『最高に気持ちのいい御者台を、ですわね』
クルルの書き付けだ。
『ちょっと待って。レノーにはそんな時間はないはずだよ』
アルルが慎重な意見を述べた。レノーはいいんだ、と言った。
「この分じゃあ、どのみち次の祝祭の日までに故郷に戻るのは無理だろう。のんびりするわけでもないけど、俺はあわてずに『あかし』を探すさ。とにかく俺たちには金が
「みんな、ありがとう。ありがたいことじゃ。もちろんわしも、自分でも
「いよいよだね」
『都だ』
『都ですわ』
「よし、みんな、都に入るぞ!」
みんなはしゃいでつい声が大きくなった。リサクが
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