第35話 宿探し

 が、レノーはまた不可解な感覚におかされていた。彼だって興奮している。景気のいいことも言った。しかし同時に頭の中では、何に対してもちぐはぐな印象や、妙な言葉でいっぱいになっていた。

 たとえばこわれた御者台ぎょしゃだいに座るリサクの背中を見ても、初めは硬い岩のような背中だと感じていたのが、あの話を聞くとひどく折れやすい木のようにも見え、またいま見てみると、子供の柔らかな背中のようにも見える。一瞬一瞬に感じた別々のリサクの背中が、一度に合わさって見える気もするのだった。


 フェミがレノーの二の腕を優しくにぎった。アルルとクルルは外を見て騒いでいる。

「レノー……どんな気持ち?」

「フェミ、興奮して、わけがわからなくなっているよ。みんなもだろ?」

「そうだね、あたしもだよ」

 そう言ったけれども、フェミはフェミで不安だった。


 (初めての都だ、それはうれしい。でも、すぐに働く場所を見つけなければならない。住む場所もだ。あたしはうまくやっていけるだろうか? ムネの町とは何もかもがちがう。みんなも、お金をかせぐことは出来ないかも知れない。リサクだって、もうこんな馬車では、何も出来ないかも。

 きれいな茶色の石畳いしだたみ、黄色い屋根瓦と薄茶の壁の建物が並んでいる。さまざまな看板、みがかれたガラス、あたしたちとは違う、おしゃれな服装の人々。

 あたしたちを、この町は快く迎えてくれるのだろうか?)


 どんなだって、と彼女は気を引き締めた。


 (やれるだけのことはやってみるんだ、レノーの命がかかっているんだから。あたしは、彼がクフィーニスであっても、レノーが好き。レノーのそばにいたい。レノーやリサクはこれからどうするんだろう? イカルカから来たというあたしのお母さん。ほんとうに、あたしは何者なんだろう?) 


 フェミが質問すると、レノーはまず宿を決める、と指示を出した。リサクがそれに答える。

「じゃったら、宿屋ばっかりの通りがあるから、そこまで行ってみるかの」


 ブギーのコパカパいうゆっくりしたひづめの音がつづく。五人が泊まれる安い宿なんてあるのだろうか? ドブシャリまで泊まれるような。なかったら、アルルとクルルはどうするのだろう? 二人はまだあちこちを見てギャバギャバわめいている。


「リサク」

 フェミの考えを読んだかのようにレノーが声をかけた。

「俺たちはペタリンたちといっしょでなければ泊まらない。五人で泊まれる安い宿を探そう」

 了解じゃ、とリサクが答えた。

「じゃがそうなると、あんまり選べんようになるぞい」

 かまわない、とレノーは言った。ペタリンたちも話をやめてレノーの言うことを聞いている。

「リサク、フェミ、所持金はいくらだ?」

 二人合わせて一万四千コマだった。レノーたち三人は五百コマがいいところだった。それだって、ほとんどはフェミにもらったお金だ。

「一泊六十五コマまでだ、それ以上は払えない。リサク、そんな部屋があるかな?」

 どうじゃろうのう、むつかしいのう、とリサクはつぶやくように返事した。


「そうなると、道を変えなきゃならんな」


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