第33話 アクシデント
町や村の情報を集めること、どこで泊まるか、何を食べるか、いつ休憩するか。自分の薬、掃除に洗濯。どの道を選ぶか。リサクの悩み、フェミの悩み。皆の悩み。
彼は一つ一つ皆に相談したがった。ところが実際には、そんな余裕はない。リサクがいるうちに、彼に聞いておかなければならないことも多くあった。たとえ間違ったとしても、彼一人で決断しなければならない場合がほとんどだ。
時には彼も
道はどんどん広く整備されたものになり、もはやだれが見ても見間違えようのない、
「いよいよじゃの」
リサクが言った。さすがに初めてではないらしい。
クルルはドブシャリが集まる場所について
「親分たちには本は貸してはくれんじゃろう。決まりなんじゃ。
「
「だいじょうぶじゃろう、たぶんな」
リサクも確信はなさそうだった。リサクは求めている本の探し方を教えてくれた。図書館はそれでいいとして、もう一つ、絶対に必要なものがあった。
「お金がいるんだ」
レノーは、
「フェミなら働き口はあるじゃろう」
「俺たちの大道芸は?」
どうかの、と言ってリサクは首をかしげた。
「都でも、ドブシャリ、いや、ペタリンの芸を見たことはわしにもないんじゃ。じゃがやってみたら案外
それにも許可がいるのかな、と念のために
「わからんな……
それまで黙っていたアルルが初めて書き付けを回した。
『歌姫はどこにいるんだい?』
クルルがギャバッと声を上げた。クルルも訊きたかったらしい。
「歌劇場じゃよ。街の真ん中
ペタリンが二人ともきゅーんとうなって、馬車の中は静かになった。
「クルル、だいじょうぶよ、あたしが働くから。
フェミが笑顔で話すと、アルルもクルルもきゅるきゅる鳴き始めた。それにフェミが加わり、レノーも加わった。リサクは目を回す。
「なんじゃ、なんじゃ、なんなんじゃ?」
皆笑顔になった。皆が気を抜いた次の瞬間、馬のブギーがいきなり走り出し、馬車の中で全員ひっくり返った。
「どうした? なんじゃ?」
レノーはすぐに指示を出した。
「アルル、
「わしの馬が! わしの馬車が!」
「リサク、落ち着いて」
アルルがレノーに首を横に振ってみせた。
「仕方がない、
「許さんぞ! 最高に気持ちのいい
やれやれ、とレノーはつぶやいた。ブギーは速度を上げて走っている。
「このままじゃ馬も俺たちも危険だ。みんな、リサクを押さえていてくれ」
フェミとペタリンがレノーの指示に従った。リサクはあがいている。
レノーは馬のブギーがいる方の
「クフィーニス!」
リサクがため息まじりに声を
「アルル、クルル、馬に飛び乗って、『きゅるきゅる』声を吹き込んでくれ」
突然車輪が何かに乗ったらしく、馬車が跳ね上がった。アルルが馬車から転がり落ちそうになり、その足を、クルルが捕まえた。レノーは指示を変えた。
「リサク、クルルを捕まえていてくれ」
次にレノーは穴の向こう、邪魔になっている
「リサク、ごめん!」
レノーの脳裏で像が結ばれたすぐその後に、本物の背もたれがすっ飛んで行った。
(俺たちは、生き
レジーの言葉も思い出した。カヌウのことも。
馬車はしばらく前から道を外れ、石ころだらけの荒れ地を走っている。
(リサクの腕か、ペタリンの声さえあれば)
「レノー!」
リサクだ。
「もっと
がたがたひどい揺れがつづいている。レノーはリサクの言う通りにした。ブギーが速度を落とした。時間がかかったが、少しずつ馬車はゆっくりになって、やがて止まることが出来た。
「みんな、ケガはないか?」
「大ケガじゃ、大ケガしとる!」
レノーはよく見まわした。だがだれもケガをしているようには見えない。
「リサク、だれがケガしたんだ?」
「わからんのか、この、あんぽんたん。わしの、最高に気持ちのいい馬車に決まっとる!」
いたんだ馬車で街道に戻るのも大変だったが、リサクの
レノーは彼に
『気にすることなくてよ、レノー。あなたの判断はまちがっていなくてよ。あなたは立派な親分ですことよ』
クルルはレノーを
「レノーは悪くないよ。ただ、リサクにとってこの馬車は……ね、かけがえのないものなの。ちょっと事情があるんだ」
耳を貸して、と言ってフェミは彼に小声で話そうとした。が、それと気づいたリサクがフェミをしかりつけた。
「話しちゃならんぞ、フェミ! それだけはこのリサク、絶対にお断りじゃ!」
皆がフェミとリサクを見つめていた。馬車は街道のわきにある
フェミは何を言おうとしたのだろう? レノーはリサクに借りを作ったまま別れたくなかった。
「なぜなの、リサク? どうして言ってはいけないの?」
フェミがリサクに問いかけ、リサクは顔をしかめてこう言った。
「それはわしの問題じゃ。お前たち子供の出る幕じゃないんじゃ」
フェミはリサクの手を
「子供とか大人とか決めつけないで。あたしたちはだれにも言わないよ。こんなことになって、あたしたちは知っておくべきだし、みんなの力を合わせれば、リサクの馬車も何とかなるかも知れない」
「言っちゃいかん」
「言わせて」
フェミは見ている者に勇気を与えるような微笑みを見せた。リサクが
「……いいじゃろう。じゃがわしのことじゃ。わしが自分で言う」
皆ブギーと馬車を囲むようにして立っていた。が、全員
しかしいまは都の話をしている時ではなかった。リサクはなかなか話をしようとしなかったが、やがて
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