第32話 親分
フェミが宿に部屋を取り、薬を買って戻って来た時、レノーはまだ馬車のそばで雨に
「レノーもいっしょに来て。あなたが必要なの」
レノーは何も言わずに馬車に上がり、腰を下ろした。クルルが乾いた布を彼に手渡した。
「……ありがとう、クルル」
へっへっへ、と久しぶりにクルルが笑った。彼はそれですこし救われたような気がした。リサクの様子が気になる。
馬車はゆっくり動き出していた。リサクを
「クルル、ありがとう。フェミ、すまなかった。俺が、悪かった。リサクの
「何が、どう悪かったの?」
「俺は自分の
「言葉の意味を考えて。レノー、あなたは
「いつも言葉の意味に気をつけるようにする。俺は病気だ。自分が
「レノー、これは会話なんだからね。相手だって生きているんだから」
「いま、俺に出来ることはないか? リサクをどうすればいい?」
「その前に、ちゃんとアルルに
彼はちょっと思い悩んでいる風だったが、何かを決心したように見えた。彼は
「アルル、
「
フェミが言った、しかしその目はもう怒ってはいなかった。
「ゴメン、また間違えた。クルル」
クルルは書き付けを差し出した。
『レノー、自分がすっかりおかしくて、間違えているのを認めることはつらくてよ。でもそれはどうしても必要ですわ。自分の
「クルル……」
「レノー……」
リサクが口を開いた。
「リサク! 気分はどう⁉」
レノーが心配して
「気分ならもちろん最悪じゃ。せっかくわしが馬車を止めて、最高に気持ちのいい休みを取っておるというのに、気まぐれ
「悪くないって、リサク、倒れたんだよ?」
「まさか……」
レノーはがく然とした。
「わしゃ、どこも悪くないぞい! 気まぐれ
「何だって!
「さよう……いかにも
「………」
「もう一度言う、レノー。みんな自分のことは後回しにしてお互いのためにやっておるんじゃ。フェミの言うことを聞いたじゃろう。みんなのしていることに気づいたじゃろう? わしらはみんな、レノーのことを思っておるんじゃ。皆のためを思うこと、それが自分のためでもあるんじゃぞい」
レノーは真っ赤になった。
「変な話し方」
真っ赤になったのが恥ずかしくてそう言った、しかし見破られてしまった。
「レノーが顔を赤くしとる! レノーの顔は
どういう男なんだ? ほんとに大人か? でも、たしかにいい人だ。
「さてと、どうやら宿屋に着いたようじゃの」
「今日はこのまま休みにしよう。フェミ、部屋はいくつ取れた?」
「二つ。あたしはクルルといっしょにするから、レノーはリサクとアルルといっしょにね」
「フェミはレノーといっしょがええんじゃないのか? わしも、むさくるしい男だけの部屋なんぞいやじゃぞい」
クルルが
『あたくしたちは【最高に気持ちのいい
その後、リサクはまず馬車と馬の世話(ブギーと言う名前だった)、レノーたち四人は先に順番に
(それなのに俺は、ただ
かなりの
「わしの番じゃな。わしが思うに、きっと」
「最高に気持ちのいい風呂」
レノーが言って、衣類を
「そうじゃ、そうじゃとも」
食事の
「五人で旅をするのなら」
食事の後でリサクがみんなに言った。
「だれが親分か、決めとかにゃならん」
親分……。
クルルが書き付けを回す。
『それはもちろんリサクに決まっていてよ。残りのあたくしたちはみんな子供だし』
アルルもそれに賛成した。
「アルルとクルルって、子供だったんだ」
フェミもレノーも驚いた。レノーは
「俺より頼りになるから。
フェミは
「やっぱり、リサクがいいと思う。リサクがいなくなったら、その時にまた後のことを考えようよ」
「リサクに三票。決まりだな」
レノーが言うと、リサクはちょっと
「そうじゃの。じゃあ、最初の親分の命令じゃ。レノー、お前が親分になれ。旅が終わるまで、ずっとじゃぞ」
これには四人の子分全員が反対した。みんな口々にそれはいけないと言っている。ペタリンたちは書き付けることも忘れてギャバギャバわめいた。
「えぇい、野郎ども。ポンツクポンツクそんなにわめくな。言ったじゃろう、わしが最初の親分で、その親分の命令じゃ。これからは、レノーが親分。ほんとにこれで決まりじゃぞ」
(俺には無理だ……)
レノーはいかに自分が多くの問題を
「レノー、最高に気持ちのいい親分になれ。お前ならなれる」
ペタリンたちはまだ反対していた。
『多数決で決めるべきだよ』
アルルの書き付けだった。しかしフェミが意見を変えた。
「レノーが親分でもいいかも知れない。一番みんなのことを考えるようになるし、一番みんなと意見を
それでもアルルはまだ多数決を主張した。
「これで二対二じゃ。レノーは自分でどうしたいんじゃ? わしとフェミはお前に親分になってもらいたいんじゃが」
「俺には無理です。何かが起きた時に、決断力もないし、みんなを
だがクルルの書き付けが回されて、それにはこう書いてあった。
『二対二じゃなくてよ。あたくしもレノーが親分になることに、賛成ですわ。レノー、よろしくてよ』
「よし、今度こそ決まりじゃ。なーに、レノー親分、
「レノーが親分。ぷぷ」
フェミが笑った。しかしレノー本人とアルルは
リサクの提案で、みんなでお茶で
親分はみんなに礼を言い、自分がいかに未熟者であるか、病気も抱えており、
小さな拍手がパチパチ鳴るのを聞いて、レノーは責任を感じて気が重かった。
(いや、本当は、アルルが拍手してくれなかったからだ、俺は間違いだらけだから)
お茶を飲み干すと、アルルはとっとと部屋に帰ってしまった。残りの三人は心配するなと言ってくれたけれども、こんな弱々しい親分なんて他にいないだろうなとレノーは反省した。次の日からのことが、いちいち重く彼にのしかかって来るのだった。
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