第44話 掘り出し物

 次の日から皆、一生懸命いっしょうけんめいに働いた。


 朝、早起きしてみんなで市場へ行き、ボワボワに戻って食事をしたら、まずリサクが出かける。すこししてフェミが花屋に向かう。ペタリンたちは串焼きの仕込み、レノーはリサクを手伝ったり、ペタリンの屋台をきれいにしたり、笛の練習をしたり、一人で図書館に行くこともあった。そんな毎日に、慣れることに慣れるようになったころ……。


 「クフィーニスの歴史」はまだ書架しょかにはなかった。今日もペタリンの屋台を引いてあの場所まで行く。笛を吹くことも、皆に笑われることももう問題ではなくなっていた。彼はむしろ皆に喜んでもらいたかった。フェミが屋台を見に来ることもあれば、リサクが加わることもある。屋台は日に千コマかせぐこともあるほど繁盛はんじょうしている。リサクは当たりはずれの大きな仕事で、日に二百コマ稼げればいい方だった。が、その晩に帰ってくるはずのリサクが早々に意気揚々いきようようとボワボワに戻って来た。


「やったぞい! わしゃ、やったんじゃ!」


 ボワボワにはその時フェミはいなかった。

「リサク、どうしたんだい?」

 リサクはかばんから札束を出して見せた。

「二万コマじゃ。わしゃでっかい奴を掘り出したんじゃ」


 今日リサクはまだ回ったことのない街を馬車を引いて回った。とある屋敷の前で呼び止められた。

「ゴミでいっぱいのくらがある、みんな持って行ってくれと言われたんじゃ。これはひょっとするともうかるぞい、わしゃその男の気が変わらんうちにと思ってどんどん馬車に積み込んだんじゃ。宝じゃ。それが皆、宝じゃった」

 ゴミの中に、古い剣や書物やボロボロの地図まであった。売りに行くと、古物商こぶつしょうは目の色を変えてそれらを鑑定し始めた。

「名のある剣に稀覯本きこうぼん、地図は大昔のポンポコ国のものじゃ。伝説の地図じゃよ」

「ポンポコ国? リサク、その地図」

「心配はいらんぞい。地図だけは売りに行く前に写しを取っておいたんじゃ。これじゃよ」

 彼はふところからそれを取り出すと、開いてレノーに見せた。

「これは……。よくわからないけど、大変な価値のものかも……!」

「みんなで会議、じゃな」


 串焼きの仕込みをしていたペタリンたちにまず話し、クルルがフェミの店に重要な話を伝えに行った、定刻ていこくまでは花屋の仕事をして、それからすぐにボワボワに戻る、ということだった。レノーがリサクに言った。


「ずいぶんかせいだ。みんなのおかげで、リサクの御者台ぎょしゃだい、買えるかも」

「それについては、わしゃ考えがあるんじゃ」

 リサクはもうすでに、新しい御者台ぎょしゃだい目星めぼしをつけている、と語った。

「そんなに高くない。中古なんじゃ。じゃがわしは気に入っとる。ほろもいっしょに買えば、さらに安くなるかも知れん」

 レノーはだいたいいくらくらいなのかリサクにたずねてみた。幌と合わせて六千コマきょうだと彼は答えた。


夜。フェミが帰って来て、ボワボワの一室いっしつでここまでの話をフェミにリサクが話していた。

「そしたらチギレに行くことが出来るね」

 フェミはそう言ってから、はっとした。


 (リサクとは、これで、お別れなんだ)


 この年寄りに自分がどれだけ支えられていたかを知って、彼女は思わずリサクの手を取った。リサクがいなくなってしまうこと、それはレノーも、アルルやクルルたちも気づいていた。皆心のどこかでリサクを頼りにしていた。レノーは自分が動揺していてはまずいと考え、会議で話し合わなければならないことについて思いめぐらせ始めた。


 レノーはまず皆に礼を言い、特にリサクがここまでしてくれたことに対して感謝した。

「明日御者台ぎょしゃだいほろを買おう。それでリサクとはお別れだ。俺たちはチギレだと言われている所に行く。仕事はいったんこれまでにする。金がなくなったらまた働けばいい。チギレに行く道はわかっている」

 リサクは黙っている。


「旅のしかたは多少変える。俺たち四人ともただの旅人としてチギレを目指す。場合によっては、また大道芸をしてもいい。それは臨機応変りんきおうへんにやる」

「都にはまた戻って来るの?」

 フェミが質問した。

「戻らない場合もあるかも知れない」

 クルルが書き付けを回す。


『歌劇場に行かないの?』

「それは……都に戻ることが出来たら、その時に考えよう」

 クルルはしょんぼり肩を落とした。フェミがもう一度いた。

「レノー、歌劇場のことだけ、何とかならないの? あたしたちみんな、これまでほとんど遊びもせずに働いて来た。チギレに行く前に……せめてクルルだけでも」

 レノーはちょっと困った顔をして答えた。


「フェミ、調べてはみたんだ。席はもうまっている。切符は売り切れなんだ。それに、もし買えるとしても、クルル一人では歌劇場には入れない。歌劇場に行く人たちは、みんな自分が持っている最高の服で集まるんだ。その服をどうする? さらに、ペタリンは歓迎されない」

「二人なら、いがいれば入れるの?」

「そうらしい。でも実際に、ペタリンをつれて歌劇を見に行く人はいないらしい。ちなみに切符は一枚四百コマだ」

「高いのう」

「レノー、あなたが会った歌姫の家がどこにあるか、ほんとうに忘れたの? 何とか二枚の切符を、お願いできないかしら?」

 レノーはレリッシュの姿を思い出した。

「無理は言えない。公演は三日後から一日おきに十日後までだ。もうすでに忙しくて、会えるかどうかもわからない」

 クルルの様子を見て、レノーは胸が痛んだ。だが心を鬼にした。

「クルル、いつかまたみんなで都に来たら、その時は必ず歌劇を聴きに行こう。残念だろうけど、今回は歌劇を聴くことはあきらめてくれ」


 きゅーん、とクルルは鳴いた。


「リサク、例の地図を」

「これはレノーたちに渡すぞい。お前さんたちのものじゃ」

 皆で地図の写しを研究し始めた。。文字もよくわからないし、地形も、こんな国がどこにあったのか、まるでわからない。

「この中のどこかに、チギレが書き込まれているはずだ」

「わしゃぜんぶ書き写したから言うんじゃが、チギレなんぞなかったぞい。そんな文字はなかった」

「チギレが海に消えた後の地図だとしたら? その可能性はあるよ」

 皆、うーんとうなった。

「じゃあ、そうだとしたら、まっすぐに海岸が切られている場所だ。でも、そんな書き込みは、ない」

 リサクがおどおどして言った。

「わしゃ、もしかして、いい加減に書き写したかも知れん。まっすぐなところが、あったかも知れん」


 皆顔を見合わせた。

「わからないな。だけど、何か手がかりがあるはずだ」

 フェミがふと気づいて、言った。

「レノー、図書館で描いた地図、あの金色の海の」

 そうだった、うっかりしてた。レノーが金色の海の地図を出しながら説明した。

「この書き写した地図は正確だ。ていねいに、書き写したんだ」

「二つが重なる場所を探して」

フェミの細くきれいな指先が、地図の海岸線をたどる。二つの地図が重なる場所はあった、ただし二カ所あった。


「どういうこと?」

「わからない。特に珍しい地形でもないからな。まっすぐだと言われればそうだとも言えるし、ちがうと言われればちがうとも思える。ただその周辺の海岸線の曲がり方も一致している。二カ所のうち、一つは金色の海の場所に重なる。しかし、これは……二手に分かれるか」

 アルルが書き付けをよこした。

『みんなで両方回ろうよ』

 しばらくそのことについて議論が交わされた。結局、レノーとクルル、フェミとアルルの二組に分かれて行くことを決めた。


金色きんいろの海というくらいだ。さぞかしきれいなんだろう。フェミがアルルとそこへ行くといい」

 待って、とフェミが異議をとなえた。

「歌劇場がだめなんだもの……。クルルをそこへつれて行ってあげて」

 レノーはすぐに了解した。しかしクルルはさしてうれしそうでもなかった。

「クルル……」

 クルルはレノーの視線に気づいた。

『あたち、金色きんいろの海に行く。それだけでも見とく』

「俺といっしょに行こう。がっかりさせて悪かったな、クルル」

『ううん、もういいの』

 クルルは言うことが小さな子供のようになって来た。


「じゃあみんな、今夜はリサクの送別会そうべつかいねて、チギレに旅立つお祝いをしよう。おいしい店に食べに行こう」


 フェミはクルルの肩を抱いている。クルルをなぐさめているようだ。アルルも心配そうな顔をしているので、レノーはアルルにも謝った。しばらくの間リサクは話し合いを見守っていたが、一言レノーに声をかけた。


「最高に気持ちのいい夜にしよう、レノー親分。今夜の代金はぜんぶわしが持つぞい」

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