第19話 旅の仲間

 レノーは一種の期待と恐れが宿った目をしてそう言った。

「わからない。クフィーニスが何なのか、あたしは知らないから」

 レノーは、彼女が見た夢の光景が彼の体験したことと同じならば、その樹々きぎいて倒したのがクフィーニスの能力なのだと説明した。彼は両手両腕に巻かれた包帯をほどき始めた。赤い色に染められた両手を見てフェミは絶句した。

 レノーはあの山と谷間でのこと、呪いの儀式、沼地、ペタリンやカヌウのことを話した。そしてあの火事のことも。


「ひどい……なんてひどい……」


 フェミの言葉を聞いてレノーは自分の中からうみが出て行く気がした。


 (彼女は俺を嫌ったりはしていない。彼女は俺たちを厄介やっかいだなんて思っていない)


 そしてフェミは、あるおそれをいだいた。


「あたしも、クフィーニスなの?」


 フェミのような能力を持った者など、一人だって見たことも、聞いたこともない。

 レノーは、わからないけど、そのちからのことは誰にも話さない方がいいと思うと言った。

「もし、あたしも、見つかったら捕まってしまうような力の持ち主、クフィーニスのような、もし、そうだったら……!」

 危ないと思う、とレノーはひかえめに言った。

 フェミは今日だれかがどこかで山火事が起きたことを話していたのを思い出していた。ただ、何かどろをかけて火を消したようだとか言っていたはずだ。それについてもレノーに話した。

どろ? ——そうか、消えたんだ……」

「これからどこへ行くの?」

 どっちへ行ったらいいのかわからない、「あかし」が何なのかも知らない、レノーはつぶやくように言った。

「あたしも一緒いっしょに行く。あたしも仲間になる」

一緒いっしょに来てくれるの? それでいいの?」


 彼は傷ついた子供みたいだとフェミは感じた。実際、少年だけれども。

「そうした方がいいと思う。あたしたちの力にも、あたしたちが一緒いっしょにいることにも、きっと何か意味があるはずだよ」

あぶないんだよ? 俺たちの仲間になるだけで、危険なんだよ?」

 もう言わないで、とフェミは優しくレノーをさとした。

「あたしはあなたたちの仲間なんだから」


 その夜、三人はアルルの看病に追われた。クルルはクマうりをアルルに食べさせ、レノーはアルルの身体からだき、フェミは水をんできてアルルに飲ませた。アルルは大汗おおあせをかいていたがやがて静かになった。


 同じように町中まちじゅう寝静ねしずまっている頃、三人はふと自分たちが皆眠れずに起きていることに気づいて顔を見合わせた。クルルがフェミに書き付けで夕方のお礼を言った。

 クルルが字も書けることを知ってフェミはとても感心してクルルをほめた。レノーの所にも書き付けが来て、そこにはこう書いてあった。


『フェミって何て優しくてかわいい子なんでしょう』


 レノーはなぜだかちょっとうれしかった。フェミが言った。

「レノー、ちょっと考えたんだけれども、『あかし』が何なのかも知らないし、わからないし、探しようもないんだったら、あたしの故郷に行ってみない? 育ての母がいるの。ヨサ母さんだったら何か知っているかもしれない。あたしの能力についても、教えてほしいし……。、あたしにとっても、『あかし』は必要なものかもしれない。あと、あたしといれば少しは安全だし」

 ダグラやアヌサは通れない、とレノーはぼやいた。

「そんな町、通らないよ。行こうよ。あたしたち、兄と妹ってことにしよ! ふふ」

 のんきだな、とレノーはつぶやいて苦笑した。が、フェミの笑顔を見ていると、それもいいかなという気がし始めた。

「言ってみるか、アルルがよくなったら」

 フェミが歓声を上げて、クルルがきゅるきゅる鳴いた。

「それで、そこはいったい何て言う村なんだ? フェミ」


 彼女は聞いていなかった。クルルと抱き合って、クルルのマネをしてきゅるきゅる鳴いている。レノーは目がかすんで、アルルの身体をまたき始めた。アルルが目を開けて、不機嫌そうな声でギャバギャバ言った。もういつもの声に戻っていた。


「兄って言うのは」

 レノーが言った。

「元気に小踊こおどりするものじゃないんだな、アルル」


 フェミは、しかし見た目ほどはしゃいでいるのではなかった。かなり思い付きでレノーたちに同行しようと考えていたのだったが、事情を聴いてみると、これはフェミにとっても運命なのだという気が、前からこんな風になる気がしていたのだった。

 自分が危険な力を持っているのなら、クララやおばさんたちにも危害が加わるかもしれない。初めに感じた直観通ちょっかんどおりにして、正解だったと思った。


 夜明け前のアルルの食欲はすさまじかった。クマうりをがつがつ食いまくって、息をしているのかどうかもあやしかった。フェミが朝市あさいちへとレノーをさそった。


『兄はもうすっかりよろしくてよ』


 アルルと話し合っていたクルルが、うれしそうに書いてよこした。

「じゃあ出発だ。アルルとクルルは北の門へ行き、そこで待つ。服は着るな。俺とフェミは旅に必要なものを買ってくる。なるべく早く済ませるから、目立たないようにしていてくれ。じゃ、あとで会おう」

 ペタリンたちは不平を言った。特にクルルが服を脱ぐのを嫌がった。

『あたくしだって、女ですのよ。レノー、あなたフェミに服を脱いで待っていろなんて、命令できまして? アルルだって、病み上がりですのよ』


 結局、紳士しんし淑女しゅくじょには服を着て北の門で待っていてもらうことになった。四人は二組ふたくみに分かれて歩き始めた。

 フェミは自然に左の腕をレノーにからめてきた。レノーは恥ずかしそうなそぶりを見せたけれど、フェミが機嫌きげんを悪くしたようだったので、一言謝ひとことあやまってしっかり手をつないだ。

「俺たち……兄と妹に見えるかな?」

「他人の目にどううつるかなんて、気にしなくていいの。かれたらそう答えればいいだけで、関係ないよ」

 目立つのはよくないんじゃないかな、とレノーが言うと、フェミは、つまらないこと気にし過ぎるよ恋人同士だって言ってもいいんだから、そう答えて今度は微笑んだ。

「あたし、レノーの目も鼻も口も好きだよ。何度も夢で見ていたんだから」

「俺も……フェミの笑顔、好きだよ」

 彼はぎこちなくそう言った。実際彼は、だった。


 朝市にはあまり客が来ていなかった。ハルカの祝日が終わって、寝坊する人が多かったのだろうか。干し肉を少しだけ買おうとしたレノーに、フェミは彼女が持っているお金のことを話した。

「多めに買おうよ、他にもね」

 干し肉、薬草、干した果物、魚の燻製くんせいまで買った。

「金持ちなんだな。俺も出せればいいんだけど」

「気にしないで。あたしが好きだから買うんだから」

 レノーは、自分がどこかで金をかせぐことは可能だろうかと考えた。

「ちびちびの燻製くんせい、食べたことある? 美味おいしいんだよー」


 (ちびちびって何だ? きっとあやしい生き物だ)とレノーは思った。北の門へ向かって、公園通りを歩くことにした。店を閉めた屋台が所々ところどころに放置されている。前日の祭りの跡がはっきり残されていた。地面にこぼれ落ちた食べ物や飲み物の跡、道端で眠る者、酒の匂い。しかし通りの真ん中にびる、花でおおわれた公園は美しかった。ハルカの祭りについてフェミはレノーに説明した。

「あたしも献花けんかしたかったな」

 しようよ、とレノーが言った。

「え?」

「もう祭りは終わっているけれども、献花けんか、二人でしよう」

「あっ、あたし、花を何本か持ってる」

 彼女はカバンの中から桃色の花を取り出した。

「思い出になると思ってとっておいたんだ」

 一本をレノーに渡し、フェミはすでに花でいっぱいのに自分たちの花をした。

「すてきな夏になりますように。ううん、もうすてきな夏は始まっているわ。レノーに出会えたんだもの」

 レノーはカヌウを想って花をした。


 (火事は収まったらしい。でも、カヌウが無事でいますように。夏は始まった、でも早く「あかし」を見つけられなければ俺は……。もういろいろな人たちを巻き込んでしまっている。ここにいるフェミも……)


 (花にもれたムネの町を、俺たちは忘れないだろう。旅から旅へ、それがクフィーニスの宿命だとカヌウが言っていたが、ここまでは旅というよりは逃亡だった。しかし、フェミが仲間に加わったことで、これからはいよいよ「あかし」を探すんだ)、そう彼は心に決めた。

 フェミとレノーがした花が並んでいる。

「アルルとクルルが待ってる。行こう、フェミ」

「うん」

 手をつないで二人は歩いて行った。

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