第18話 別れ

 もう閉まってしまった市場いちばを通り抜けて、フェミは花屋まで戻って来た。クララとその母親が心配して、店の前に立っていた。

「戻って来た! もう、フェミったら、心配しちゃうじゃない!」

 どこへ行っていたの、と言おうとしたクララより先に、ドブシャリをまちはずれまで送った後、ちょっと散歩していた、とフェミは言った。

「大丈夫? 危なくなかった?」

「危ないことなんか何もなかったよ。心配してくれてありがとう」

 クララの母親は、ドブシャリなんて冗談じゃない、そんな者と関わり合いにならないでちょうだい、ときびしい声で注意した。

「そんなことよりも! あたしたち、やっぱり一番だったんだよ! あたしたち、町長に表彰ひょうしょうされて、賞金も出たんだよ!」

「本当に? すごい!」

 クララと二人で一番になったことがうれしかった。

「フェミ! 遊びほうけるぞう!」

 はしゃぐクララにフェミは声を落として言った。

「そのことなんだけれども」

 さらにクララの母親に向きを変えて言った。

「おばさん、話があるんです」


 三人の話し合いは長くなった。フェミが言い出したことを聞いて、クララは驚きをかくせないまま、明らかにがっかりした顔を見せた。フェミがこのまますぐ荷物をまとめて出て行くことを知ると、クララの母親はおこり出した。お金が出来できたらみやこに出て、母親の薬を買わなければなりません、とフェミはうそをついた。もう決心していることを知って、フェミがあやまると、二人は顔を見合わせ、それからやっと微笑ほほえみを返した。これまでのフェミの給料と、ハルカの賞金の半分を合わせて一万五千コマが渡された。荷造にづくりは簡単だった。


「何かあったら、かならずあたしに手紙を書いてね。フェミのお母さん、早く病気が治るといいね。また来てね。フェミのことは忘れないよ。みやこかぁ、いいなぁ。待ってるからね」

 クララの言葉にフェミはものすごくつらくなった。辻馬車つじばしゃひろって、とりあえず次の町まで言って今夜は泊まる、とまたフェミはうそをつかなければならなかった。

 「クララ、きっと手紙を書くよ、ごめんね、おばさん、いままで本当にありがとうございました」

 やっとそれだけ伝えると、まとめた荷物をかかえて、フェミは夜の街へと飛び出して行った。


 レノーたち、とくに病気のアルルの所に戻るのが遅くなった。

 焼いた魚の匂いがまだする廃屋はいおくの中で、クルルが今度はクマうりを料理している最中さいちゅうだった。レノーが小さな手ぬぐいをしぼって、アルルの身体を何度もいていた。アルルは苦しそうだ。フェミは自分の荷物の中から大きな木綿もめんの布を出して、アルルの身体をすっかりつつんだ。


「薬草もたくさんあるから大丈夫。でもしばらくはあたしたち、交代こうたい看病かんびょうしなくちゃ」

 レノーはまだ半信半疑はんしんはんぎだった。フェミを信用していいのだろうか?

「早くアルルによくなってもらわないと……」

 それがフェミの気にさわった。

「自分のことしか考えられないの? どんな事情があるのか知らないけれど、アルルが必死で病気とたたかっているときに、自分の都合つごうを優先させるなんて……」

 レノーはひどく戸惑とまどった。

「そんなつもりじゃなかった。でも……」

「でも、何なの?」

「アルルだって……。俺たち三人は早くこの町を出なくちゃならないんだ」



 命にかかわることなんだ、とレノーは低い声で付け加えた。

「何があったの? 教えて……。どうしてそんなにびくびくしているの」

「それは……俺は、だれを信じたらいいのかわからない。俺たちは、どこへ行っても疫病神やくびょうがみなんだ」

 もう言ってしまえ、とレノーの頭の中に声が響いた。

「俺は、クフィーニスなんだ」

 ところがフェミは、クフィーニスを知らなかった。

「ふぃーす? 何それ?」

「知らないのか? クフィーニスを、知らないのか?」

 聞いたことない、あたし田舎者いなかものだから、とフェミは答えた。レノーはそれでかえって安心した。

(大丈夫だ。この子は信用していい、フェミは俺たちの仲間になれる。だがなぜこんなに親切なんだ? 初めて会った者に対して?)

「レノー、もしよかったら、教えて欲しいんだ、その……くふぃー……のことを」



 レノーはむつかしい顔になった。

「もし話したら、君はすぐにここから出て、二度と帰ってこないかも知れない」

 だがフェミは、ちょっと素敵な笑顔を浮かべてこう言った。

「そんなことないよ。だってあたし、レノーのこと、知ってるんだもの」

「何だって? 知っている? どうして」

 彼は質問せずにはいられなかった。

 フェミは夢を見たこと、レノーを何度もそこで見たこと、どんな夢だったかを語った。

「そんなことって……」

「あたし、 信じて欲しいの、あたしのことを。レノー、あたしもあなたを信じるから」


 レノーは混乱こんらんして、だまったままだった。フェミが、今度は自分のち、特に、彼女が持っている不思議な能力について話し始めた。もう四年も前、ヨサといるときに始まった、植物が成長し、咲いては枯れ、また咲くのを見る力を。


「君もクフィーニスなのか?」


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