第20話 アグロウ(その1)

 四人の旅は始まっていた。皆で話し合った結果、奇妙な仕方しかたで北へ北へと移動していた。

 フェミが飯屋めしやや宿屋でほんの一日か二日働く間、レノーとペタリンたちは先を急ぎ、大道芸人とそのドブシャリとして次の町へと街道を商売して歩いた。町に到着してからもレノーたち三人は大道芸を続け、フェミが来るのを待った。


 情報は主にフェミが集め、四人の短い会合のさいにレノーたちに知らされた。なかなかたいした収穫しゅうかくは得られなかった。「あかし」が何なのかなんて、だれも知りはしないのだ。クフィーニスの話題だって、そんなにしょっちゅう話されているわけではない。

 また新しい職にくフェミを残して、三人は次の村や町を目指して旅立って行く。いくつかの町をそうやって経て、レノーたちはウダツという村に来ていた。


 レノーは下手へたな横笛を吹いた。客寄きゃくよせである。時々音がはずれた。ちらほらと村人たちが集まって来る中で、ペタリンたちが「ペタップダンス」を踊った。大きな足をペタペタいわせて村人たちを楽しませる。アルルが絵を描き,クルルが足し算を答えたり言葉の書かれた板を並び替えて文章にしたりしてみせた。

 レノーは芸名を用いていた。三人はドブシャリ使いのレジーと、ドブシャリのジョーとスーということになっていた。アルルがどんなにうまい絵を描いても、クルルがどんな気の利いた文句を並べても、たいしたお金はもらえなかった。一通り芸を見せて、十コマにも満たないことが多かった。五コマがいいところだった。その倍稼いでも、やっと十コマだった。


 明らかにドブシャリは不人気ふにんきだった。そのことにつて三人はれないようにしていた。

 暗黙あんもくの了解である。芸が終わってペタリンたちが帽子を持って回り、わずかな小銭をくれた村人たちが立ち去ってしまうのを見届けると、いつものようににわか芸人たちは腰を下ろして互いのろうをねぎらった。


「ありがとう、アルル、クルル。おつかれさま」


 ペタリンたちは汗をかいていた。水筒を出して水を回し飲みする。ちびちびの燻製くんせいをかじりながら汗がひくのを待つ。ちびちびはフェミが言っていた通りおいしかった。

「この村も長居は無用だな。もっと大きな町だったらな……。フェミとは今度いつ会えるかな」

『待ち遠しいのかい、レノー』

 アルルも書き付けをよこすようになっていた。

『寂しがってばかりいないで、ちびちびをもう一つどう? ほんと、おいしいわ、これ』

 クルルはその魚に夢中だった。アルルがギャースと鳴いた。

「金が足りない。フェミが来なければ、また野宿だ」

 三人は静かになった。フェミから必要な金を受け取っていた。が、レノーはまだそれをあまり使っていなかった。


 レノーはペタリンたちに聞いたクフィーニスにまつわる話を思い出した。それはペタリンたちに伝わる一つの伝承でんしょうだったが、興味をそそられる話だった。アルルもクルルもカヌウに会う前からクフィーニスを知っていた。


『あたしたちはそれはずっと前からクフィーニスのことを知っていたわ。アグロウって知ってる? アグロウがあんなマネさえしなければ、クフィーニスももっとちがったあつかいを受けたのよ』

 クルルによれば、能力を使って人をあやめた最初のクフィーニス、それがアグロウだった。



 どこかの国のチギレという町を侵略者しんりゃくしゃから守るため、アグロウは発現はつげんした能力で敵国の兵士たちを地割じわれの中におとしいれ、町を救った。地割じわれはあまりに大きかったため、チギレは海に浮かぶ小島となった。アグロウは英雄になった。しかしその一方で、彼は自国の支配者たちに恐れられ、チギレの町からみやこへと呼び出された。そのみやこで彼は錯乱さくらんし、町という町を破壊しつくしながらチギレへと戻り、最後にはチギレの町を小島ごと海に沈め、自らも海へと消えた。



『そんなことがあって、クフィーニスの能力はあってはならないもの、むべきものになったわけ』

 レノーはそんな男の話、聞いたことがなかった。

『でも、大昔の伝説よ。あたしたちの仲間は皆知っているわ』

「実際それは、現在のどこにある国のことなんだろう?」

 アルルが、そんなことわかりっこないと言ってレノーをがっかりさせた。

『きっと架空かくうの話だよ。あまり期待しない方がいい。でも話のきっかけにはなるだろうね』


 (ペタリンの仲間たちがだれか人間にその話をしてきただろうか?)


 レノーはアルルとクルルに問いただしたが、二人ともよくわからないと言うばかりだった。


 (この村を出たら、フェミの故郷までは遠くないらしい。フェミの母親は俺たちの助けになるだろうか? 俺がクフィーニスだとばれたら敵にまわるかも知れない。それは十分ありうることだ。しかしフェミだって別の能力を持っている。きっと理解のある人なんだろう、そうであって欲しい)


 問題はフェミを守るため、彼女の母親が何をするかにかかっている。それについてはフェミも、ヨサ母さんがどういう態度をとるか予想できないと言っていた。


 (わからない。予想できない。クフィーニスの明日、いや一分後のクフィーニスがどうなるのかなんてだれにもわからないんだ。クフィーニス本人にも。クフィーニスを仕留しとめかけた奴にも。——うまくやることだ。だが時は待ってはくれない。「あかし」が見つからなかったら、俺はやはりあの山と谷間に戻るのか? それともカヌウのように……?)


 カヌウがあの後どうなったか、レノーたちは知らなかった。きっと大騒ぎになると思ったのに、実際には火事は消されたみたいだし、かくれ住んでいたクフィーニスの事件なんて、一度も聞かなかった。


 レノー自身はここまでよくやっていた。ムネを出てからは危険な目にはほとんどっていない。たまに石をぶつけられるだけだ。

『だれかこっちへ来るわよ。手に何か持って』

 クルルの言葉にはっとしてあたりに気を配ると、一人の青年が左手からこっちにまっすぐ来るところだった。

「レジーかい?」

近づくと、青年はレノーに尋ねた。

「そう、そしてこっちがジョーでそっちがスー」

「じゃああんただ。フェミから手紙をあずかって来た」

「フェミは元気かい?」

「ああ。宿屋がしがっていたよ。すぐにやめるんだって?」

「しかたないんだ。郷里きょうりに帰らなければならなくて」

「そうか、大変だな。どこだい?」

 レノーはでたらめを言った。ありもしない町の名だ。

「聞かない名だな。じゃ、手紙はたしかに渡したから。道中どうちゅう気をつけて」

 レノーは礼を言って青年が立ち去るのを確認し、手紙を開いた。


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